仏教では、いわゆる三法印(さんぽういん)(諸行無常。諸法無我・涅槃寂静)のほかに、「一切皆苦」を加えて四法印(しほういん)とする。「印」とはほかの宗教にない特徴的な旗印のようなものだが、つまり仏教は、この世や人生を基本的に「苦」と見る点において非常に際だった教えなのである。
「苦」の元凶は、間違いなく「我」である。私たちはほとんど無意識に「我」に都合のいいように世界を見聞きしている。だからそんなふうに都合よく行かない人生は、そのまま「苦」になるのである。
 しかしじつは「苦」を前提にしたことで、我々はちょっとしたことでも喜び楽しめるようになった。「苦」で当たり前なのだから、少しでもマシなら嬉しいではないか。
 このところ、東日本大震災の避難所や被災地を歩いてみると、そのような明るい諦念も感じられるようになってきた。
 宮城県石巻市で津波に(さら)われた七十歳ちかい男性は、たまたま近くに流れてきた船に這い上がり、九死に一生を得た。妻や息子は死んでしまい、一緒にいた犬も流されてしまったけれど、彼らの墓を作るまで俺は死ねない、それが生き残った俺のすべき仕事なのだ、と力強く言うのだ。
 その人が仕事着で汗を流しながら重機を動かす姿を見ながら、私は「苦」が、もしやぎりぎりの生き甲斐をも産みだすのではないかと、思ってしまった。前提である苦をなんとか呑み込み、その後の一歩をとにかく踏みだしていることが嬉しかった。
 しかし一方で、福島県の原発事故からの避難者を訪ねると、彼らは一様に「憂い」に沈んでいる。明日が見えない、子どもの声が聞こえない、どこで死んだらいいのか、などが共通の心情だろうか。
 むろん、なかには家族を失い、家を破壊されたような人々もいるわけだが、彼らからは殆んど激甚な感情が感じられない。ただ避難所の布団の上などに横たわりながら、特にすることもなく、私の質問に力なく答えてくれるのである。
 むろん石巻のおじさんにしても、墓を建てるために四六時中エネルギッシュでいられるはずはない。時には独り布団で泣くことだってあるだろう。もしかすると毎晩かもしれない。しかし涙を拭いたおじさんは、きっと激しいエネルギーが身のうちに湧き出すのをどうしようもないのだ。怒りにも似た、悲しみ、苦しさ。
 宮城県の津波被災者に感じたこの動的な力は、原発避難民には感じられないものだ。
 両者の違いは、いわば故郷という地盤を、いまだ保っているか失ってしまったか、ということなのだろうか。
 また、片や純粋に天災、もう一方は明らかに人災という点も大きい。
 荘子は至楽篇において、「人の()くるや、憂いと(とも)に生く」と呟く。いたずらに憂いばかりが長く続き、死の安息すら得られない人生を嘆くのだが、むろん憂いを与えるのは欲に振り回される人間のありさまである。
「天下の尊ぶものは、富貴寿善なり。楽しむ所のものは、身の安きと、厚味美服(こうみびふく)、好色音声なり」と、荘子は呟いている。
 ここで云う「善」とは美名のことだが、避難所のテレビには、美名を追い、美服に包まれ、きっと厚味を食しているだろう人々の討論の様子が流れている。むろん避難民は、誰も見てはいない。
「苦しみ」と「憂い」、どちらが辛いのか、比べられるようなものではないかもしれないが、どうも私には、「苦」は力を溜められるけれど、「憂い」は力も入らない事態のように思える。
 避難所で、私は「またお茶のお稽古がしたい」という方に会った。抜けてしまった力を、なんとかもう一度寄せ集める枠組みが欲しいのだろう。「喫茶去(きつさこ)」の心を、一日も早く取り戻してほしい。

 
 
「なごみ」2011年8月号 
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