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宮澤賢治が耽読した『法華経』には、
実現不可能な目標に向かう菩薩が現れる。 |
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【編集後記】
私たち人間が、ごく普通に持っていると思い込んでいる「慈悲の心」。然してその正体は。臨済宗のお寺の副住職にして、芥川賞作家の玄侑宗久氏が「いつか書きたいと思っていた」テーマに挑む本格思索エッセイが今月号より新連載です。宮澤賢治が生み出した「心象スケッチ」という言葉を杖に、「慈悲」について深く探求していきます。今、はたして、我々の心底に「慈悲」はたしかに存在しているのでしょうか。(明) |
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論理では割り切れない「空」なる慈悲の探求
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「慈悲をめぐる心象スケッチ」連載スタート
「慈悲というのは、我々仏教者にとっては第一の命題だし、常々頭から離れない言葉だ。いつか書いてみたいとは思っていた」(本文より)
著者にとって大きなテーマであるという慈悲をとりあげる新連載「慈悲をめぐる心象スケッチ」。「しかしその実体はどうなのかと考え始めると、どう定義してみても漏れがあるような気がする。まとめる端から逃げていくようで、まるで「空」なのである。
そこで「心象スケッチ」にしようと思った。心に次々浮かぶ象は、むろん論理で繋がっているとは限らない。そのスケッチなのだから尚更である。しかし「慈悲」をテーマにするには、むしろそれこそが相応しい形ではないかと思った」と続けている。
ご存知のように「心象スケッチ」とは宮澤賢治が自己の詩作について定義付けた言葉で、第一回では、まさに賢治の詩、「春と修羅」から仏教とはいかなるものだったかを考える。賢治と同じ仏教者の視点から、凡百の評論が見過ごしてきた部分を突き詰めていく。
玄侑宗久氏は京都で修行したのち臨済宗妙心寺派福聚寺の僧侶となった。その傍ら小説創作に取り掛かり、「中陰の花」で第125回芥川賞を受賞した。玄侑氏の作品は、死の恐怖、うつ、自殺、愛欲など現代の切実な問題を扱い、仏教のみならず精神世界・科学的思索を広くふまえて小説に昇華させていくものだ。
「自信もなく描きだしたスケッチは、たぶん日本画のように強い輪郭線にはならないだろう。油絵というより、鉛筆画みたいに何度もなぞりながら進むのだろうが、おつきあいいただければ幸いである」。
僧侶としての日々の体験も織り込み、本格的な思索エッセイとして「慈悲」について探る新連載、毎月ぜひお楽しみください。
※掲載の写真は講談社写真室転載承諾に付き無断使用を禁じます。 |
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