その他掲載記事
・中外日報 2008年5月8日付
松島端巌寺で「白隠フォーラム」 玄侑宗久氏ら講演

 宮城県松島町の臨済宗妙心寺派瑞巌寺(吉田道彦住職・師家)で一日、白隠慧鶴の禅画をテーマとする「白隠フォーラム・イン・松島」が開催された。作家の玄侑宗久氏(妙心寺派福聚寺住職)と芳澤勝弘花園大学国際禅学研究所教授が講演。玄侑氏は白隠禅師の禅画における表現上の工夫に禅師の「方便力(観音力)」を指摘、そこに「上求菩提下化衆生の強い意志」を読み取り、臨済禅中興の祖としての白隠禅師の位置をあらためて浮き彫りにした。

 同フォーラムは、瑞巌寺宝物館(青龍殿)で六月二十九日まで開催中の「白隠禅画墨蹟展」の関連企画。白隠の墨蹟の全国的調査を進めている国際禅学研究所が開催に協力し、会場となった瑞巌寺の書院にはおよそ三百人の聴衆が集まった。

 「白隠さんの観音力」と題して講演した玄侑氏は、白隠禅師が法華経を読誦するうち方便品から譬喩品に至って声をあげて泣いた、という四十二歳の大悟のエピソードを紹介。方便品の三止三請、譬喩品の三車火宅、信解品の長者窮子の喩えや白隠禅師の逸話などを引き、おびただしい書画を相手に応じて描き与え、多くの語録、仮名法語を遺した白隠禅師の「方便力を極めるという願」を説いた。

 一方、芳澤教授は「白隠禅画の独自性」をテーマに、白隠が描いた布袋像を分析。「すたすた坊主」「わいわい天王」や乞食芸人として表現された布袋が、実は白隠自身の化身・自画像であり、白隠の観音力の象徴である、と論じた。さらに、禅画に添えた白隠の賛を読み解き、対機説法、縁なき衆生を導く"方便"の禅的メッセージを明らかにした。そして、「十字街頭の禅」としての白隠の活動を強調し、禅の大衆化の観点から白隠禅画の意義を強調した。

・「Grazia」12月号(講談社)

中森じゅあん スピリチュアルメッツセージ(P.360)
著書についてのコメントが、少しだけ載りました。
・日本犯罪心理学会第45回大会
 
 平成19年9月1日(土)、9月2日(日)に郡山市のビックパレットふくしまにて開催。
 1日の午後4時15分から午後6時まで、特別講演「懺悔の仕組み」
と題して講演した。


※日本犯罪心理学会では、日本における犯罪心理学の発展及び研究者間の学術的提携を図ることを目的とし、第45回大会では、犯罪心理臨床の説明責任をテーマに性犯罪者、触法精神障害者、軽度発達障害のある非行少年など喫緊の問題を取り上げて、教育や精神保険福祉など関連領域の専門家の参加を得て幅広い議論の場にと企画された。
・宮崎日日新聞 2007年8月3日付 「くろしお」

〜 一罰百戒 〜

 朝青龍は懸賞金を受け取る時、必ず頭を右に振ってカメラをにらむ。それで以前聴いた作家玄侑宗久さんの話を思い出した。「人が人を脅すとき左ではなく右半身を乗り出すのです」。勝負にこだわる心理がそうさせるのか、それとも気の弱さの裏返しだろうか。


・福島民報 2007年7月16日付

親の役割強く訴える  早乙女氏 玄侑宗久氏ら教育で意見交わす  郡山


〜若松の母親殺害などの少年犯罪〜
 家庭からの教育再興プロジェクト主催の「民間タウンミーティング・イン郡山」は十五日、郡山市のビッグパレットふくしまで開かれた。会津若松市で起きた高校三年男子の母親殺害事件を教訓に、今後の教育の在り方など子どもの周辺環境について意見を交わした。
郡山市教委、福島民報社など後援。「他人事じゃない少年事件とその周辺を考える」と題したシンポジウムでは、国語作文教育研究所長の宮川俊彦氏がコーディネーター、会津藩士の末裔(まつえい)で直木賞作家の早乙女貢氏、芥川賞作家玄侑宗久氏(三春町)、同プロジェクト会長で明星大教授の高橋史朗氏、子ども問題スペシャリストの長田百合子氏、埼玉県教育委員の松居和氏、日本教育技術学会名誉会長の野口芳宏氏がパネリストを務めた。
 少年犯罪の背景などについて早乙女氏は「幼くて情報を選択できず、非日常的なものに引かれる部分がある」、長田氏は「親がはっきり良い、悪いを言わず、子どもは戸惑っている」と指摘した。
松居氏は「親心が希薄になることが問題」、高橋氏も「親の責任感に問題がある」とした。
 教育現場について教諭の委縮が指摘された。野口氏は「問題を解決した教師が評価され、予防が評価されていない」と現状を嘆き、玄侑氏は問題があると体制が変わることについて「システムに自信をもっていない。どこでき然とするのか」と指摘した。
 シンポジウムに先立ち、早乙女氏が「士魂と現代社会」をテーマに講演した。
・福島民友 2007年7月16日付

有識者ら教育に意見  郡山・少年事件テーマにシンポ

 少年事件の背景などについて意見交換するシンポジウム「民間タウンミーティング・イン郡山 徹底討論・他人事じゃない! 少年事件とその周辺を考える」は十五日、郡山で開かれ、教育関係者、作家などの有識者らが教育や社会、家庭について意見を交わした。福島民友新聞社などの後援。
 オピニオン誌「月刊MOKU」(東京都)の寄稿者らが、教育再生を訴え今年四月結成した「家庭からの教育再興プロジェクト」(代表発起人・高橋史朗明星大教授)が、会津若松市で起きた少年による母親殺害事件を受けて企画した。
 三春町在住の芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久さんや子ども問題スペシャリストの長田百合子さんらがパネリストを務め、不登校などの問題について話し合った。
パネリストからは「物が豊かになり、深く考えなくとも生きていける環境が少年の精神をむしばんでしる」「励まし、元気づけることで良い子が育つというのは幻想。しかることも大事」などの意見が出された。
 「会津士魂」などの小説で知られる作家の早乙女貢さんが基調講話を行ったほか、福島民友新聞社社会部の菅野浩記者が会津若松市の事件の概要などについて話した。  
・東京新聞 2007年7月14日付[筆洗]

▼文藝春秋季刊夏号『心の時代を生きる』が「日本人と宗教」について、養老孟司さんと玄侑宗久さん、五木寛之さんと帯津良一さんの二つの対談や、保阪正康さんの「二十二歳で逝った息子へ」など作家や著名人の寄稿で、その宗教観、死生観を特集して読ませる。無宗教を自認する知識人たちでも、身に備わった信心深さや祈りの深さは、自然宗教に近い面白さだ。

・福島民友 2007年7月13日付

作家・玄侑氏が非行問題に持論  社明運動の講演会

 本年度「社会を明るくする運動」の一環として十二日、犯罪予防の啓発や地域のきずなについて考える「玄侑宗久 かけがえのないあなたに贈るメッセージ」が福島市で開かれ、芥川賞作家玄侑宗久氏が基調講演を行なった。「社会を明るくする運動」県実施委員会などの主催。福島民友新聞社などの後援。玄侑氏は「保護と自立について」の演題で基調講演。非行少年への対応として「子どもを保護するというlことは、親と子がさまざまな情報を共有していることが前提。しかし、(情報が共有されていない)今の現状を見ると、保護しながら自立を促すというのは難しいのではないか」と述べ、人間関係の構築の必要性を強調した。
 引き続き、玄侑氏と里見庫男県教育委員長、保護司の佐藤豊子さん、あいづCAP代表の幸田久美子さんが「絆を育む地域の力」のテーマでパネルディスカッションした。 
・朝日新聞 2007年7月12日付

第47回日本呼吸器学会学術講演会・市民公開講座「患者の『やまい』、患者の『こころ』」が広告特集で掲載されました。
・福島民友 2007年7月7日付

玄侑さん教育問題で講演 〜東北6県の教育委員研修〜

 東北六県市町村教育委員会連合会の教育委員・教育委員長研修会は六日、福島市で開かれ、三春町福聚寺副住職で芥川賞作家の玄侑宗久さんが「日本人の心の在り方」と題して講演した。
 約五百五十人が出席した。玄侑さんは、同町で教育委員を務めていた経験から「教育問題というと熱くなってしまう」と前置きし、全国一律に対策や制度を導入する。何年かに一度来る台風に備えて窓のない家を造るようなものではないか。考え方によっては、制度をつくればいいという発想が背景にあり、状況に応じた対応を考えていないともいえる。地域の実情は地域がよく知っている。制度をつくることで日本人の心根が失われていくのではないか」と危機感を示した。
 
・福島民友 2007年7月6日付

東北6県市町村教育委員会連合会は、5日福島市で総会を開き、翌6日は、市公会堂において約500人が参加して研修会を開く。三春町の芥川賞作家、玄侑宗久さんが10時から11時30分まで講演する。
・「大法輪」 2007年8月号

二木てるみさんのエッセイ「私の出会った仏教者二つの光に導かれて」〜画僧・牧宥恵師と禅僧・玄侑宗久師〜が掲載されました。(P.28)
・読売新聞 2007年2月26日付

文化面:中央公論新社「今月の新刊」
『わたしを超えて いのちの往復書簡』が紹介されました。

・「週刊文春」2007年2月15日号(文藝春秋)「週刊文春」2007年2月15日号

特集 江原啓之「信じるアホウ」に「出すバカ」〜黒鉄ヒロシ・玄侑宗久・香山リカがもの申す
守護霊は「テレビ朝日」だって/江原ブームと俗物的な欲望/「オーラの泉」はカルトの温床

2月1日号「江原啓之『7つの疑問』には大きな反響があった。「前世」「守護霊」で全てを語る男と、その教えを垂れ流す視聴率第1主義のテレビ局の罪。今回は、宗教家、精神科医、社会学者ら6人の専門家が、自称スピリチュアルカウンセラーにもの申す――。
・読売新聞中部版 2007年2月1日付

人徳にじむ書並ぶ 現代名僧墨蹟展始まる 名古屋

「第40回現代名僧墨蹟展」(全国青少年教化協議会、読売新聞社主催)が31日、松坂屋本店(名古屋市中区)南館6階美術画廊で始まった。同展では、約200人の名僧、文化人らの掛け軸や色紙など約800点が展示、即売されている。売上金は、引きこもりや不登校の青少年を支援する活動などに使われる。買い物客たは、浄土宗の中村康隆門主や、作家の玄侑宗久師たがしたためた、味わい深い書に見入っていた。
朝日新聞 2007年1月13日

be b-usiness【be Report】
近現代日本小説の翻訳・普及が本格化  「文学発信」に文化庁が本腰
・福島民報 2006年11月7日付

第5回「母から子への手紙」コンテスト入賞作品発表会は、6日、猪苗代町役場で開かれた。最終選考は5・6の両日、町役場で行なわれた。講評で玄侑さんは「書き出しが印象的。つらい体験が題材になっているはずなのに、全体的に明るさを感じる」と述べた。
・福島民友 2006年11月7日付

猪苗代「母から子への手紙」
玄侑さんは「『おっぱい』を幹にしたバランスのよい文章で、心を打たれる内容だった」と述べた。表彰式は12月10日、猪苗代町役場で行なわれる。
手紙 2006年11月3日全国松竹・東急系にてロードショー

劇場用パンフレットに著名人コメントとして掲載
この映画の底には、おそらくそこでカタルシスと共に解消してはいけないものも重く沈殿している。我々は今、剛志が刑務所で食べたかき氷の旨さを知ることもなく飽食し、そしていつのまにか刑務所の塀よりも高い塀に囲まれて生きているのではないだろうか。
・「週刊ポスト」 2006年11月3日号

「子供たちの遺書」に専門家が警鐘!「『稚拙な文字』と『自殺』の驚くべき関係」
…豊かな命のなかに新たな”私”に出会うためにも、書くという行為をおろそかにすべきではないのです。
・河北新報 2006年2月14日付

コラム「河北春秋」に『禅語遊心』の「八風吹けども動ぜず」から「逆境に克(か)つ人は大勢いるが、順境にはなかなか克てない」。禅は、うれしいことでも動じるのを戒める。心をニュートラルに、と教える。を引用した。
・四国新聞 2006年2月5日付

コラム「一日一言」で『禅語遊心』の「春は梅梢(ばいしょう)に在りて雪を帯びて寒し」で「悟り」を説明した。
読売新聞 福島版  2005年12月3日付

360人 会場埋め尽くす 医療ルネサンス郡山フォーラム
 
・福島民報 2005年11月15日付

猪苗代「母から子への手紙」コンテスト

 野口英世の母シカが米国の英世にあてた手紙にちなんで猪苗代町絆づくり実行委員会が企画した第4回「母から子への手紙」コンテストの発表会が14日、猪苗代町役場で開かれた。
 講評で玄侑さんが「最も母性を感じた作品」と解説した。〜抜粋〜
・「読売ウイークリー」 2005年11月13日号(10/31発売)

経済現論 第76回 江上 剛(作家):『禅的生活』に関連したコメント
・「Forbes」2005年12月号(10/22発売)

OPNION Economic  「やおよろず」は世界に誇れる日本的考え方 / 江上 剛(作家)

並列する価値観を認める大切さ

 芥川賞作家にして臨済宗僧侶の玄侑宗久氏が著書『やおよろず的』(四季社)の中で、均一化・グロ−バル化していく社会に対して「日本という国に古来からある『やおよろず』という考え方に対しての対極に、世の中の趨勢は進んでいるわけです。『やおよろず』というのは、均一化も、唯一化も目指すものではありません。並列する価値観を対等に認める立場です」と言い、この「やおよろず」は「正義」(白黒つける一方的な正義の意味)を認めない立場であり、この立場によれば「恐らくテロも戦争もおこらないのではないでしょうか」と問いかけている。
 そしてこの「やおよろず」に日本人は誇りを持つべきだとして「人のたがうを怒らざれ。人みな心あり」という聖徳太子の言葉こそが「やおよろず」の真髄だと説いている。
 玄侑氏の言うとおり、日本人の生き方は「やおよろず」的なのにもかかわらず、ビジネス社会では強者が相手に自分の価値観を押しつけることが多い。(抜粋)
・「ゆほびか」2005年11月号 (9/16発売)

【最強「毒だし」セルフケア】 心の毒出し
「ひとり坐禅」入門で日常を支配する欲から解き放たれ心も体も芯から自由になる「禅的生活」の勧めで登場しています。
脳から幸せ物質がドッと出て爽快になる「坐禅の呼吸」は不安・プチうつを一掃(有田秀穂先生担当)
・福島民報 2005年8月9日付  「あぶくま抄」より抜粋

教師や父母向けの月刊誌「児童心理」八月号に、三春町の芥川賞作家玄侑宗久さんの「日本流子育てのすすめ」と題したインタビューが載っている。そこで玄侑さんは「今の世の中は、人を信頼するという方向に進んでいない」と嘆いている。……
・「グラツィア」 2005年7月号  

旅賢者がすすめる 夏の旅に持っていきたい本」   『アミターバ―無量光明』/遠藤晶子さん(キャスター)
ガンで入院した義母が、闘病を続ける過程で、死への恐怖を克服していく姿を患者本人の語りで描く。
=u死について考えさせられる、重いテーマですが、僧侶である著者が、その未知の世界を探究するにしたがい、しだいに、”恐怖”から”安堵”へと変わります。アジアでじっくり読み込みたい」
・福島民報 2005年4月1日付

日曜論壇に新執筆陣
毎週日曜日付けの「日曜論壇」に臼井嘉一氏(福島大学長)・中川明子氏(ジェトロ福島貿易情報センター所長)が登場。七氏は継続します。◇小野沢元久氏(日大工学部部長)・玄侑宗久氏(芥川賞作家)・赤坂憲雄氏(県立博物館館長)・宗像紀夫氏(中央大法科大学院教授)・氏家武夫氏(いわき市暮らしの伝承郷館長)・小島美子氏(国立歴史民族博物館名誉教授)・池上徹彦氏(会津大学長)
・朝日新聞 2005年3月29日付  文芸時評:島田雅彦氏

「作家の芸」 ―私生活の巧みな虚構化 禍々しさこそ最後の砦―
 「新潮」二月号で「凡庸な私小説作家廃業宣言」を発表した車谷長吉は「文學界」でも「ボケ」の芸をかましている。玄侑宗久との対談も相田みつをが二人いるかと思わせるものだった。
 私小説作家にはどこか修行僧のようなイメージがついて回る。おのが罪悪や煩悩を見据え、それを懺悔するために書いているように見えるからか? 車谷が、悪人になること、他人を犯すことが小説家になることだといえば、玄侑は書くことは「祈り」だという。罪深さを自覚しながら、神や仏に救いを求めるという態度について回る胡散臭さも芸のうちであろう。日本の政治家や企業家も「清貧」とか「懺悔」が好きで、西行のような世捨て人を模倣したがる。時にお遍路さんになったり、頭を丸めたりして、「懺悔」のデモンストレーションさえする。そんなお手軽な「禊」でおのが不祥事をうやむやにしようとする人は、自ら贋世捨て人を名乗る車谷に大いに共感するであろう。まさにそういう人に車谷文学は救いをもたらすわけだ。
 この場合、文学はお遍路さんと同じ効果を持つことになる。過去の文豪から影響を受けたり、写経みたいに文豪の文章を模倣したり、おのが文章を磨き上げたりすることを文学修行と呼ぶごとく、小説を書くことが個人的な宗教活動、宣伝活動になることもある。
 私小説は「私の人生」を脚色するにも便利だ。中小企業社長だって自分の人生を栄光化できる自分史小説! 私小説は「私」を捏造するジャンルだという定義だってできる。おのが禍々しさを拡大するよに私小説を書いてきた車谷は下手な懺悔などやめて、つまりは廃業宣言など撤回し、いっそう禍々しくなればよいのだ。自己責任で。
・北海道新聞 2005年3月13日付  「ほん」今週の新刊と文庫

『中陰の花』(文春文庫)
「おがみや」のウメさんは、自ら予言した日に死んだ。「人は死んだらどうなんの?」と質問する妻圭子と、ウメさんの臨終に立ち会った寺の住職則道は、この世とあの世の中間(中陰)の世界を思いながら、夫婦の関係も見つめ直していく。
・「ラジオ深夜便完全読本」(NHKサービスセンター) 2005年3月11日

特別付録:こころの時代放送全リスト 1990〜2004 
2001.3.18     「僧侶として小説を書く」 
2003.9.23〜24  「安楽のすすめ【1】【2】」
・朝日新聞 2005年2月27日付

「天声人語」より、作家で僧侶の玄侑宗久さんはよく逆立ちをする。「元気になるには言語機能を休ませないとだめです。生命体の本質は変化。固定化、つまり言語化できない状態にしなければ……(逆立ちで)あれこれ考えると倒れますから」
・「臨済会報」第219号

 芥川賞受賞以来、驚くほど精力的に執筆活動を続けている玄侑師。今回は天龍僧堂の先輩であり、鍼灸師にして漢方医学の実践家でもある樺島師(京都薬師禅寺住職)との共著で、初の具体的な坐禅方法の図解書である。曰く…【<煩悩>を飼いならし、<からだ様>と仲良くなる、「禅的生活」の実践作法!】。
 禅僧がともすると自家薬籠中のままにしがちな坐禅の実際を、伝統的な方法だけにとらわず、現代人が忙しい日常で応用できるような全く新たな智慧として見事に纏め上げた。色々な意味で一読をお勧めしたい、類い無き坐禅入門書といえよう。
・ 「日経WOMAN」 2005年3月号

特集:自分と向き合うひとり暮らし 自分を潤すひとり時間「大人の女のひとり暮らし ひとり時間」
タイトル 「潤いのあるひとり時間があなたを育てる」想像力ややる気を呼び覚ますようなひとりの時間、過ごしていますか
―コメント―
職場では、会社が求める自分を演じてあげればいいんですよ。でも、それでは自分の中に抑圧している部分があるから充足できない。だから、ひとりのときに不足している部分を補うんです。
Q:それでは、どんなふうにひとりの時間を過ごせばいいのだろう。
A:時計を忘れて何かに没頭するのがいい。時計は他人との約束事。それを超えられるのがひとりの時間です。没頭というのは、普段の自分が解けることでもあるし、時間がなくなることでもある。『普段の私』から解き放たれ、時間という概念も超えられるようなひとりを過ごしたいものですね。
・東京新聞・中日新聞 2005年2月5日付 夕刊

文化面:コンパス欄 「便利な社会…やはり変だ!」 
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・読売新聞 2005年1月30日付

立命館大学 連続講座 「現代社会と宗教」
「人知を超える方法論」言葉から離れ生の現場へ 
宗教と社会のかかわりを考える連続講座「現代社会と宗教」(立命館大学主催、読売新聞大阪本社後援)が京都市北区の立命館大学で開かれた。全7回のうち後半4回は作家の立松和平さん、大阪大教授の川村邦光さん、作家の玄侑宗久さん、宮城学院女子大名誉教授の山形孝夫さんを講師に招き、立命館大の本郷真紹教授のコーディネートで行われた。 
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・「ダーナ」 2005年 WINTER(1/20発売)

DANA INFORMATION BOOKで『死んだらどうなるの?』の新刊案内。
「死」とは何か。「あの世」とはどういうところだろうか。「魂」って本当にあるのだろうか。「小学校の三年生の頃、死ぬのがこわかった」という自らの体験を踏まえて、誰でもが必ず抱く根源的な疑問に、僧侶である著者がていねいに答えてくれる一冊。
宗教的な観点だけでなく、科学的な見方も踏まえて、「死」をどうとらえるかを、まっすぐに語りかけてくる。
<ちくまプリマー新書>は、中高生以上を主な読者対象とした新書シリーズ。言い回しはやさしくなっているものの、内容的には大人でも十分読み応えがある。
・「通販生活」 2005年春号(1/15発売)

メディカル枕
芥川賞作家7人に3ヵ月使ってもらった結論
よかった、よかった:三田誠広、荻野アンナ、花村萬月、
よかった:高橋三千綱、玄侑宗久、モブ・ノリオ、
全然よくなかった:保坂和志
・「AERA」 2005年1月17日号(1/8発売)

AERAcontens(1)幸福論 将来よりもいまを味わう「新しい幸せのかたち」にインタビュー形式で登場。
幸福とはいったい何者なのだろうか。モノでは得られないことは、もう知っている。将来の不安と過去の反省ばかりが増幅されるいま、どうやって幸せをかんじればいいのだろうか。2005年初頭、幸せの正体を探した。
・『絶望に効く薬』Vol.3(小学館) 山田玲司作

「ヤングサンデー」 2004年6月17日号・6月24日号が一冊の本になりました。他に8名の方が載っています。
2004年12月27日発売
 POPへ
・「立命館Pick Up! News」 (12月22日更新)12月17日の立命館大学での講演が掲載されました。 
 記事へ
・「週刊読書人」 2004年12月17日号

アンケート特集 2004年の収穫に『多生の縁』が選定される。
「個性と自己発見とか、うさん臭い言葉がはやっているが、仏教では近代的自我、アイデンティティを認めていないことなどを作家の京極夏彦、宗教学者の山折哲雄らと語りあって痛快である。」(選者:金田浩一呂)
・『がんばれ仏教!』 (NHKブックス) 上田紀行著

6人の僧侶と出会う遍歴の旅を通して、転機を迎えた仏教の今を探る1冊。6人の僧侶の1人として描かれています。
2004年6月19日発売
・「ヤングサンデー」 2004年6月17日号・6月24日号
 
「ONE ON ONE ― 絶望に効くクスリ」 (山田玲司作)
アニメで描いていただいて登場しています。 山田玲司公式ホームページ
・「SPA!」 2004年1月27日号・2月3日号

 さかもと未明氏、マンガ「ニッポンの未明」  アニメで描いていただいて登場しています。
・読売新聞  2004年2月21日付 第15回医療最前線「回復力を見直す」

基調講演「元気について」 
 http://www.yomiuri.co.jp/adv/iryousaizensen/index.htm
・「アエラ」 2003年9月22日号

 「現代の肖像」 ―宗教と日本を結ぶ彷徨の人―  
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