| 【目次】 |
| [まえがき] |
何を頼りに生きればいいか |
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お釈迦さまの掌の上を旅した私の記録 |
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| 1 |
自燈明 |
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 どういう自分であればいいか |
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| 人は何を「頼り」にして生きるのか |
| 「捨てるべき私」と「頼りにすべき私」 |
| 自分を「調えていく」ということ |
| 「心配ごとでご飯がノドを通らない」という作り話 |
| 「いつか」という「いい日」は来るか |
| お経をあげると腎臓がよくなる? |
| 「心配」から解放される一番の方法 |
| どんな問題も丸飲みして解釈する「方便」の力 |
| 頭の中で「いい物語」を作る |
| 白隠流「そうだったかなあ」の生き方 |
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| 2 |
元気について |
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 自分の可能性を目覚めさせる「元気」の力 |
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| 「病気にくわしい人」より「元気にくわしい人」に |
| 私たちを取り巻く「三つのエネルギー」 |
| 「陽気」はよくて「陰気」は悪いのか |
| 「曼陀羅」が示す仏教的健康観 |
| 「観想」という右脳習慣 |
| 「リラックスと緊張」を両立させる効果 |
| 「命」はなぜ「い・の・ち」と言うのか |
| 自分の中の常識を塗り替える |
| 健康と長生きの手がかり |
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| 3 |
禅と桃のおいしい関係 |
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 しんどい「梅的発想」から楽な「桃的発想」へ |
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| 苦労すればするほど、いいことがある? |
| かつて「桃源郷」があった |
| 「無邪気」ほど強いものはない |
| なぜ、鬼退治に行ったのは「桃太郎」なのか |
| 「鏡についた埃」、あなたならどうする? |
| 「挨拶を返さない相手」に挨拶をし続ける |
| 「底抜けの大馬鹿」になってみる |
| いままでとはまったく逆の「人生の放物線」 |
| 悟るために修行するのではない |
| 「正しさ」と「楽しさ」 |
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| 4 |
中道について |
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 ちょうどいいバランスの取り方 |
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| 「真ん中」とはどこか |
| 「苦行」をすれば悟りが開ける? |
| 「ある」と「ない」の中間に何があるか |
| 「いま」がずっと続くとしたら |
| 「私とあなたは同じ」か「私とあなたは違う」か |
| なぜ同じものを見ても、見えるものが違うのか |
| 「やむをえない」のすすめ |
| 何事にも「応じていく」という生き方 |
| 心をもっと「遊ばせる」には |
| 「みんなと同じ」でいいじゃないか |
| 人は「揺らぐ」ようにできている |
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| 5 |
自由意志について |
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 「自在に生きる人」の強さ |
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| 自信を持っていいところ、悪いところ |
| 「いま」という時間を殺すな |
| 「観音さま」のように遊んでみる |
| 「揺らぐ自分」を楽しむ |
| 男に「二言」はあっていい |
| 「日本人と河童」「アメリカ人と河童」の関係 |
| 「スタンダード」がいいことか |
| 「自立」という危うさ |
| 「起こったこと」をすべて受け容れる生き方 |
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