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太古の昔から森羅万象に神々が息づき、土着の信仰と外来の多様な精神文化が混淆しつつ共存する日本独自の宗教観はいかにして生成・発展したのか。対談シリーズ「日本人の宗教観」第三回の対談者は、臨済宗妙心寺派の僧侶であり、芥川賞作家として仏教世界に深く根ざした数多くの小説やエッセーを生み出し、現代人の大きな支持を得ている玄侑宗久氏(福島県・福聚寺副住職)と、神道学をベースに宗教哲学、日本思想史、民俗学などの幅広い領域で精力的な著述活動を行なう一方、自ら作詞作曲を手がける「神道ソングライター」としても活躍する鎌田東二氏(京都造形美術大学教授)。両氏の文学観、宗教観を手掛かりに、神仏混淆文化の基層を探り、多様な存在を受容する「八百万(やおよろず)的」思考が今日の世界において持つ意義や、異なる価値観の対立を乗り越える道などについて考察する。 |
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玄侑さんの小説の世界では、霊的、心理的な現象と科学的な理論や説明の両方が重要な構成要素として出てきますね。サイエンスの部分を加味しながら仏教の持っている可能性を探り当てようというところが、仏教をテーマにしている作家の中でも際だっていると思います。 |
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鎌田さんは神道の言葉に息を吹き込み直しているというのをすごく感じるんですけれども、神道の場合には、基本的に言挙げをしないので、言葉自体が摩耗していなかったというところがありますね。だから鎌田さんが使われたときに、なるほどこういう意味だったのかと割合初めて認識する人が多いと思うんです。ところが仏教の言葉は、もう消費され尽くしたというか、そのまま使ってもそのネーミングの心が伝わらない。だから私はそれを言い直そうとしているんです。そのときに現代人の感性の中でとらえ直すので、どうしても科学的な用語などが入ってきますね。 |
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それは仏教が持っている知の構造に新たな関係の補助線を添えることによって、本来仏教が持っていた構造の本質を新たな照明のもとに浮上させてこようとする営みですね。
玄侑さんのようなポジションというか役割は、現代においても本当に面白い位置にあると思うんです。生きた仏教の感覚世界や人間関係の中から柔らかい形で現代に対応するソフトを生み出していく。そして、仏教にはこういう面白いソフトがあるんだということを小説やエッセーや講演やさまざまなことを通して表現している。この点が、今までの仏教をテーマにした小説や作家とはやや異なりますね。お坊さんが文学を語ることはいろいろな形であったし、作家でかつ僧侶というのは、今東光や瀬戸内寂聴さんなど著名な方々が何人かいるわけですが。 |
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小説家が坊さんになったというのとはちょっとちがうかもしれませんね。 |
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玄侑さんの場合は、坊さんから小説家になったというところと、禅宗の坊さんでしかも科学と仏教を結びつけているというところも含めて、その立ち位置は非常にユニークですね。 |
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私と近い立場で思い浮かぶのは武田泰淳さんですね。武田さんは浄土宗の寺の出身ですが。 |
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小説世界としては少し近いかもしれませんね。ただ、武田泰淳さんはお寺を離れて小説家を基本にしていた。日常的に檀家とのつきあいをしながら同時に小説家でもあるという人は本当に特異といえるんじゃないですか。 |
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以前、取材に来られた新聞記者の方が、「お寺をやめて専業に小説を書かれませんか」というようなことをおっしゃたんですけど、私はこの現場を離れる気はないんです。陰陽でいったら陰の部分というか、坊さんとしての現場が私の根っこだと思うんですね。それを空論にしたくないから私は小説を書くのだと思います。
それから、鎌田さんは法螺貝一つでトランス状態になるかもしれませんけど、私は小説を書いて、自分で作り上げた小説のラストシーンに近づいてきたときの、あれ以上の恍惚はないんですね。論理を超えた世界を論理を使いながら構築していくという、この快楽(けらく)というか。 |
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その辺が現代に受け容れられる感覚なのかなとも思います。遊戯性というか、神道的にいうと神遊び、遊びの部分ですね。それは芸術とか芸能とか神の世界と通じていて、快楽にもなり、喜びを分ち合うことにもなっていく、直会的な部分ですね。純粋エネルギーや神の力を皆で分かち合っていく方法論。そこで、小説世界と禅的メディテーションと遊戯的イマジネーションが融合するわけです。 |
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小説を書くときには、過去の人が瞑想とか修行によって得た結果を示すというような、いわゆる布教という考え方は私にはないんです。 |
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そうだとしたら、飽きられてしまうと思いますね。もしそれが説教という形だったら、一冊読めばつかめるし三冊読めばもうだいた全部分かってしまうでしょう。だけど遊戯の世界というのは、一つの良い音楽を繰り返し聞くようなものですから、反復して読みたい、聞きたいという欲求が生まれてきますね。 |
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鎌田さんの歌のCDも本当に飽きませんね。 |
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そう言ってくれるのは希有な人です。マレビトです。あなたは(笑い)。 |
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玄侑さんの小説に『アブラクサスの祭』がありますが、あの中に浄念と玄宗という二人の和尚が出てきますね。あれはまさに玄侑さん自身が二人に分裂して自分の世界の中でぶつかり合いながら、若いころの玄侑さんと老賢者風禅僧がないまぜになって出てきたり、ルー・リードとかパティ・スミスとか僕も大好きな音楽家たちがたくさん出てきたり、いろんな要素が詰まっていて非常に面白かった。
あの中に出てくるものは、やはり小説家になるべき玄侑さん、つまり仏教から離れても小説というものを必要とする精神と、たまたま運命的に子どもの時からぶつかってきた仏教と再び出合い、結び直していこうとしている、この辺の緊張の中で生まれてきた創造物だと思うんです。だから玄侑さんにはお坊さんになりきれない部分があるのではないかと思うんですよ。 |
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なりきれないというか、そういう妙な坊さんがいてもいいだろうというところですね。 |
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例えば円空はお坊さんですけど、仏像を彫り続けていく中で本当に独創的な、言葉でいろいろな人が語るよりも、あるいは他の仏師がつくる仏像よりも仏の精神性・霊性を浮かび上がらせて、仏と神は一体になったような新しい仏像世界を作った。そういう意味では円空の中にもともとある情念というか感性が、仏であり神であるような造形的形態をとったわけですね。玄侑さんの仕事にも、それに近いものを感じるんです。 |
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仏教的にいうと業なんだろうと思いますけど。自分の中ではほどきたいんですよね。でもほどくためには一回結ばないと気が済まないというか、一回結ばないとほどけないというんですかね。 |
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中上健次の小説に『十八歳、海へ』とか『灰色のコカコーラ』とか、初期に書いたものがありますね。その後『岬』で芥川賞をとるわけです。玄侑さんは『水の舳先』とか『中陰の花』から小説家として世に知られるようになったわけですね。けれども僕は『アブラクサスの祭』の方がむしろ精神的には初期の作品で、『中陰の花』とかの方がその後の作品に思えるわけです。 |
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実際には『アブラクサスの祭』を後に書いたんです。 |
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そうですか。僕はあの作品に、『岬』以前の中上健次の精神的彷徨の世界に近いものを感じて、非常に面白いと思ったんです。あれが後から出てくるというのも面白い。 |
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あの辺はかなり連続していて、噴き出るように四作くらい一気に書いているんです。その中に『アブラクサスの祭』もある。 |
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狂気というか、危ない部分を大量に含んでいるじゃないですか。登場人物もそうだし、作品世界そのものが。でも『中陰の花』とかはきれいに収まっていて、読み手も安心して見ていられるしカタルシスもある。ところが『アブラクサスの祭』には生な渾沌があって、しかも「南無アブラクサス」という言葉も出てくるから、まさに日本的仏教グノーシスがそこにあり、ロックがあり狂愚がありということになると、もしあれを最初に出していたら、玄侑さんに対して世間は今のような安定した受け止め方をしなかったと思う。 |
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それは、どの作品でデビューするのが良いかという編集者の配慮ですね。 |
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ところで、『中陰の花』にも初期の作品にも拝み屋とか霊能的な要素が出てきますね。それは玄侑さんの日常の暮らしの中のシャーマニズム的世界が土壌としてあったということですか。 |
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ありますね。 |
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そういう世界や現象と坊さんとしての立場は、折り合いが付きがたくありませんか。 |
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要するに、場面は常に個別ですよね。教義とかコンセプトを優先しないというのが私の基本的態度です。 |
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それは極めて禅的ですね。 |
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たぶん禅だからそう言えると思うんです。そう言えない宗派もあると思うんですね。われわれのコンセプトからすればそんなこと起こるはずがないということを平気で言う人もいるわけですよ。
でもそこに寄り添うところからしか始まらないわけですね。 |
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玄侑さんの作品には、民俗的、民間信仰的宗教世界が描かれているので興味を持ったんです。僕は宗教人類学者の佐々木宏幹先生と『憑霊の人間学』という本を十五年ほど前に出しているんですが、佐々木先生は禅宗や日本の仏教を教義で考えてはいけないと言うんです。生活の場面の中の仏教のありようを見なければいけないと。
佐々木先生は宮城県気仙沼の出身で家は曹洞宗のお寺だった。そこで、あの辺りの拝み屋さんをよく見聞きしていた。生活の中での仏教の信仰形態と、いわゆる曹洞宗教団の宗教世界の間には乖離というかギャップがある。そこのところをつかんで、日本人の宗教世界をまるごととらえていく観点が仏教側からも必要だということで、宗教人類学からシャーマニズムと仏教のかかわりを研究されている。そういう世界を学者の側からアプローチしたのが佐々木先生で、小説家として表現の場でとらえたのは玄侑さんですね。
曹洞宗と臨済宗のちがいはありますけど、禅宗から日本人の生活の中での仏教を、あるいは仏教が息づいている民族世界をとらえた希有なお二人だと思っているんですよ。 |
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臨済宗にはむしろいると思うんですが、曹洞宗の中でそういうとらえ方をするのはかなり勇気がいることだと思うんですね。ただそれぞれの宗派が抱えている教義や概念も、もとはミクスチャーですよね。例えば禅宗で読む陀羅尼は真言宗の真似をしていますし、塔婆も最初に始めたのは真言宗ですからね。日蓮もかなり積極的に進めましたけれども。 |
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日蓮も密教の影響を受けていますね。僕は神道の中でも「神神習合」があり、さらに神仏習合があり、神仏儒習合があり、キリスト教が入ってくると神仏基習合になったのが実態だと思うんです。仏教の中では仏仏習合というのもあった。そしてさらに民俗世界まで降りていくと、アニミズムを土壌にしつつ神仏習合的な世界が現出してきますね。 |
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密教も、もとをたどればヒンドゥー教でやっていたことをお釈迦様が禁じたわけですけれども、三つだけ例外を許したんですね。毒蛇にかまれた時と歯痛の時と腹痛の時はおまじまいをしてもよいと。最初は全面的に禁止したんですけど、その三つだけについてはおまじないが効くから良いというわけです。
そのちっちゃな穴がどんどん一つの奔流になるのが密教ですね。やはりお釈迦様というのは賢い方だったと思いますね。その三つを許したことが私は良かったと思います。その三つというものは密教以外の各宗派にも流れ込んでいるわけです。 |
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面白いですね。僕は僕でジャイナ教が好きでしてね。ジャイナ教に興味を持ったのは全共闘世代の教祖的人物であった作家の高橋和巳を通してなんです。
高橋和巳は『邪宗門』とか『生涯にわたる阿修羅として』とかで、ジャイナ教のことをしばしば取り上げているんです。僕は大学時代に三枝充悳先生から仏教概論と法華経を学んで、その中にジャイナ教について講義があったんです。僕のジャイナ教に関するソースは主にその二人に由来します。 |
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そうですか。ジャイナ教の発生地であるヴァイシャーリーをお釈迦様はかなり気に入ってますね。ここはジャイナ教開祖のマハーヴィーラの故郷でもあります。仏教と共にバラモン教に対立したしたのがジャイナ教ですが、信者もけっこう共通していたようですね。 |
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ジャイナ教には白衣派と禅行派(空衣派)があります。白衣派は穏健で、不殺生もほどほどにということで白衣も着る。だけど裸行派は不殺生戒をを厳格に守って、最終的には断食死していくことを理想としているという。
それを聞いたとき、宗教や哲学の極致がそこにあると思ったんですよ。不殺生して自分を殺してしまうわけですから、ある種矛盾ですね。しかしそれこそが、最も不殺生を行じていて、全体世界への供養になるという発想ですから、言ってみれば「絶対矛盾的自己同一」みたいな、矛盾しているんだけどその中で世界を解脱に向かわせるような構造を持っている。
『邪宗門』の中でも神道系新宗教の千葉潔という指導者が、最後にジャイナ教のように断食死していく場面が描かれている。僕は高橋和巳がジャイナ教の裸行派に引かれたということも含めて、ここまで極端に行くのかというところに、良いとか悪いとかを超えて人間の持つ想像力の威力を感じるんですね。仏教はそれに比べてずいぶん穏健なんですよ。まさしく、中道。 |
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いや、仏教においても不殺生戒というのはかなり大きなファクターで、「安居(あんご)」と「遊行」という期間の区別も不殺生戒に基づいています。
虫がたくさん出てくる時期は踏む可能性が高いから安居する。まぁこれは、仏教だけの習慣ではなくて、当時のインド仏教界すべてに共通していたわけですが。 |
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安居というのはどういう概念ですか。 |
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一ヶ所に留まって集中的に修行や瞑想にふけるんです。お釈迦様は個人的には遊行したいけれども、弟子の養成のためには安居したほうが良かろうと。だから竹林精舎とか祗園精舎、あるいは大林精舎の寄付も甘んじて受けるんですね。これは仏教のごく初期にはなく、弟子たちはみな遊行しながら布教していたわけですが、外からそのことに非難の声があがって定めたといわれます。
お釈迦様とすれば、定住すればいらないものを所有してしまって必ず汚れる。それは分かっているけれども、弟子の養成のためと納得して非難に応えたということでしょう。雨期の初めの満月の翌月から三ヵ月ないし四ヶ月ということですが、これは不殺生戒に大きくかかわっています。この時期は草木が成長して動物たちも繁殖します。それらを殺さないように基本的には設定されたわけです。
それから農耕を禁じるのも土の中の虫を殺すかもしれないからということですね。不殺生戒から托鉢というものも生まれてくる。
仏教の中の不殺生戒は、現在の状態をみていてもあまり目立たないですけれども、例えばドイツに仏教が伝わったとき、ドイツ仏教会のような組織ができるんですが、そこで奇妙な決議をするんですよ。仏教はすばらしい考え方だけれども、受け容れるにあたっては不殺生戒は除く。それを除いて仏教を受け容れたというわけですね。 |
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でも、不殺生は、仏教第一の戒律ですからね。 |
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要するに、不可能な戒律なんです。しかしそれでも目指すということの意味が、ドイツ人には当時わからなかったと思うんですね。不可能だけど目指す、というのは、ヘタをすると、不可能なものは目指しようがないだろうというところで開き直ってしまうわけです。
でも不可能でも目指すというのは、やはり何というか、人間に美しさをもたらす原理だと思うんですね。 |
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ジャイナ教については、仏教に比べれば研究も少ないと思うんですが、ジャイナ教が広がらずに仏教がこれだけ広がったことはさまざまな要因がありますね。裸行派のように徹底した思想と実践を生むジャイナ教は、広がりようのないものを根本的に抱えていたと思う。
究極のところに行き着く指向性があるわけですから、教団として大きくなれないような構造を持っていた。お釈迦さんは三つのまじないを許したけれど、マハーヴィーラはそれも許していないんです。そして非常に厳格な裸行派のようなものが出てくる。白衣派も、穏健派といっても仏教に比べればはるかに徹底していると思うんですよ。 |
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ジャイナ教となると、私はむしろイデオロギーと呼びたいですね。 |
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僕はイデオロギーというよりも生死の哲学だと思うんです。イデオロギーというとゴリゴリの主義主張という感じですが、僕はマハーヴィーラとジャイナ教には実存哲学を感じます。生死の境にどういう態度でかかわろうとしているか、生命の跳躍、生死の跳躍のようなものをジャイナ教に感じるのです。
僕はイエスにも非常に心引かれるものがあるのですが、それはマハーヴィーラに引かれるのと似ている。つまり極端なんですよ。実際にできないことを実践しよいとしいる。数は多くないかもしれないけれど追随者がいて、例えば殉教であるとか、本当に過激なところへ行き着くわけですね。そこまで強烈なものを生み出すほどの哲学と情念、パトスがあるわけですよ。
そういう跳躍を信仰にしても行為にしても生み出す力というのは、宗教の持っているとピュアともいえると同時に恐ろしいともいえる部分だと思うんですね。 |
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そういうものは仏教の大きな流れでも補完されていて、時折出るんですね。例えば日蓮宗の不受不施派とか、真言宗の即身仏もそうでしょう。 |
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土中入定とか補陀洛渡海もそうですね。 |
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あるいは木食行とか、あれも不殺生の一つの極端な形だろうと思います。私は人間の持っている不自由への欲求、苦痛への欲求というものが出てくるのかと思うんですね。
例えば鎌倉時代に真言律宗がかなり力を得るんです。なぜかというと平安時代には葬式というのは坊さんがやるものではなかったわけですよ。しかしお坊さんに頼むということが非常に多くなってくるわけですね。そうなってきたときに、いわゆるケガレの考え方というのがお坊さんにそれを引き受けるのを躊躇させた最大のものだったらしんです。ケガレが移るから坊さんといえども葬式なんかはしないほうがいいという考え方があった。
しかし人が死んでいる現場をどうするのか、放置するのかといったときに、俺たちにはケガレは移らないよと乗り出していったのが真言律宗だったわけです。なぜか。それは最大限自らを律して沐浴斎戒しているからケガレもわれわれには移らないんだと。 |
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それって、ほとんど仏教的ではないですね。 |
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そういう一つの極端な流れが現場を引き受けるということも生んだわけです。その次に禅宗が俺たちもやるよと。だからお葬式を引き受ける過程で、まずその口火をきったのは真言律宗と禅宗だったわけです。 |
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しかし真言律宗が葬式を引き受けたときの、俺たちにケガレは移らないということは一つの要素だったのでしょうけれども、それでもやらねばならないという他の要素は何だったのですか。 |
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それはやはり慈悲でしょうね。 |
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そうするとそれは本来の仏教ですね。ケガレが移らないというのは仏教を超えた民俗宗教的なものかもしれませんけど、そうまでして引き受けてやりましょうということが慈悲から出たものだというのなら、仏教が本来持っていた指向性をこの日本でどのようにして展開していくのかというとき、そういう民衆の要求に応えていく運動が起こったということですね。 |
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現場というものがそこに生まれたわけですね。そうなったときにコンセプトでは済まなくなってくる。 |
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つまり臨床的になるわけですね。確かに仏教というのはきわめて臨床的な道だと思いますが、ジャイナ教は臨床的とは思いませんね。ある種原理的というか、それをイデオロギーというならそうでしょうが、原理をつきつめている。
僕はイエスの教えの中にも原理性を感じます。汝の敵を愛せよとか、右の頬を差し出せとか。 |
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ただ、イエスの場合は福音書によってイメージがかなり変わりますから、ものすごくヒステリックなところが出てきらり、イメージをまとめきれないところがあるんですね。
けれどもジャイナ教なんか、例えばインドで「鳥の病院」というのをやっていますよね。 |
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どういうものですか、それは。 |
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怪我してきた鳥を拾ってきてそこに持ってくるわけですよ。ジャイナ教徒のお医者さんが中心となって、ケースワーカーみたいな人がたくさんいて、鳥の治療をしている。鳥は治療してもらっていることなんか分かりませんから、もう賑やかで大変なんです。(笑い)。 |
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いいじゃないですか。僕、そういうの好きだなあ(笑い)。 |
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原理的ですけれど臨床的でもあるんですよ(笑い)。 |
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そこまでやるかというところがやはりすごいと思いますし、確かに広がらないかもしれませんが、この実践はインパクトがあります。 |
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誰もが持っているどこかの部分を代弁していますよね。それが歴史の流れの中で突出して出てくることがあるんだと思います。 |
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ただ日常生活というか、多くの人たちが生きていくための糧になったり、受け容れられるような大衆的な力になったりするには弱いと思うんですね。
イエスの教えもパウロが媒介することによって広まったわけですが、もしパウロがいなかったら、いわゆるキリスト教が成立したかどうかも分からない。
そういう意味においては、次なる組織なり信仰共同体をつくる形成者の問題になると思うんですが、仏教の場合はお釈迦さん自身がサンガをつくったわけですね。 |
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ただお釈迦様はものを書いていないし、教団意識というものも薄いと思うんですね。要するにサンガという形をとっていますが、お釈迦様は亡くなるときに、小小戒は廃しても良いとおっしゃった。
そして、今後のあり方についても「自燈明法燈明」、自らをよりどころとせよ、でしょう。おそらく魔訶迦葉が主宰して第一回仏典結集を催さなければ、仏教が教団として続くことはなかったでしょうね。 |
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そうすると、いわゆる新約聖書の福音書を編纂するような人たちが現れたことによってキリスト教が成立したように、仏教もまた、経典や律の作成できなかったら教団としては存在しなかったということですね。 |
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そう思いますね。そこがやはりお釈迦様やイエス・キリストのすごさですね。 |
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ところで、今日初めて福聚寺に伺ったのですが、僕は三春町(福島県)には以前から関心を持っていました。というのは、明治時代の神道家の平山省斎(一八一五〜一八九〇)という人が三春出身なんです。
彼は江戸幕藩体制最後の外国総奉行を務めて、幕藩体制が壊れた後、野に下ってしばらく謹慎状態でいたんですけれど、五十歳前になって神道家になり、僕の住んでいる大宮の氷川神社とか、東京と武蔵国全体の重要な神社の宮司をつとめたわけです。
そして明治十五年に政府が宗教と非宗教を区別して、神社は宗教ではないという方針をとったときに、彼は宗教活動をしたいために宮司職をやめて、神道大成教という教派神道の管長になった。以来亡くなるまで管長をしたり国学院の前身である皇典講究所の教授をしたりしていたんです。 |
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三春というのは面白い町だと思うんですけど、私が修行した京都の天龍寺の管長になる予定でそれを固辞された増賀大道という老師がこの町の出身なんです。この方は戦前、アカと呼ばれる人たちも誰彼かまわずオープンに受け容れたんですね。当時知識人というのはかなりアカだったので、そういう人が天龍寺に多く集まった。そうするとあの老師はアカらしいという噂が立ったんです。 |
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特高がいて検挙されるような時代ですね。 |
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それで「わしが管長になったのでは天龍寺に迷惑がかかる」ということで身を引かれたんですが、その方の生まれた家というのは非常に熱心な神道の家だったんです。その家の子供がお寺に出入りするようになって、ここで得度して天龍寺へ修行に行ったわけですよ。
私は子どものころからこの寺に住んでいますが、私の成長過程というのは、熱心な神道の家がどんどんなくなっていく時代なんです。 |
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そうですね。戦後の、時代の変化の中で……。 |
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自由に土地が売買できるようになると、その土地が氏神様に護られているという氏子の意味が薄れていくわけですけど、そういう中でも熱心な神道の家は何軒かあったんです。そして不思議なことに、熱心な神道の家から偉大な坊さんやクリスチャンが出ているんです。そこがとても面白いなと。 |
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そういう神道の家はその熱心さをどうやって維持していますか。 |
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熱心な神道の家というのは、要するに八百万だからすべて認めましょうというものかというとそうではない。その家の人が仏教に興味を持ってお寺に出入りするということも、初めは好意的に見ていないんです。それくらい熱心なんです。 |
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折口信夫が興味深いことを言っています。神道は一般的に多神教だといわれている。けれども実際は一神教的なところもあるんだと。どういうことかというと、神様を信じる人は、例えば金毘羅の神様とか稲荷の神様とか諏訪の神様とか八幡様とか、とにかく熱心に一つの神様を信仰する。客観的に見ると神様がたくさんあるのは間違いではない。しかし信仰している人の内面世界に入っていくと、たくさんある神々の中で特定の神様を拝むというところはものすごくはっきりしていて、多神でありながら信仰者が神と向き合う姿勢の中に一神的な部分がある。
折口自身はマレビト論というものを立てて、自分の心象風景の中の神とは何ぞやということを問うた。つまり習俗としての神より、自分の心の中にある神とは一体何かといったときに、マレビトは唯一なるもので、本当にまれにやって来る存在である。そのマレビトの概念と一神という概念が折口の中で結びついた。そういうかけがえのない一なる神というところへ行く、これが信仰であると。
だから神道の信仰の中に一神教的な部分を見なければ本当の信仰者の内実は分からない。僕は熱心な神道家というのはそういう要素が確かにあると思うんですね。 |
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なるほど。 |
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この神様に詣でるんだと決めて、お陰参り、お礼参りも欠かさない。そこには言ってみればマルティン・ブーバーの「我ー汝」的な強い関係があるわけですね。 |
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ただ折口の言う場合でも、現実に即して見れば、例えばお稲荷さんに祈るにしても台所には愛宕さんのお札が張ってあるとか、そういう場合分けのような感覚というのはどうしても残るでしょうね。 |
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残りますね。だから排除することはない。つまりこの神を立てればあの神は消えるとか、この神だけで他の神を排するとかいう発想ではない。 |
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つまり一時については一神なんですね。そういう場合分けというものを今しなくなっていて困ることだと思うんです。例えば文部科学省が全国の学校の校門に鍵をつけろと言うわけですが、地域の状況をリサーチもしないで一律に、しかも細かいことを言うのが非常に日本的ではない。そこでいろいろなものがはみ出してきているという気がするんです。 |
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禅的な言い方をしますと、臨機応変がなくなっているということですね。機に応じて対処するという実践形態は、的確で即応する判断力と実行力を総動員しなければ生まれない。教育者とか経営者の判断というのは、直観と行動の臨機応変さを瞬間的に要求されていると思うんです。教育現場では子どもが言葉や行動で何を返してくるか分かりませんね。そうしたときに本当にその場でどういう対処をしたらいいのかを一瞬にして判断して体を動かすというところまでいかなければならないわけですけれど、今の学校教育の現場もそういう臨機応変力を欠いているとつくづく思いますね。 |
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臨機応変さを欠くというのは、あまりの言葉偏重から来ると思うんです。例えば、かつては、げんこつ一つで雷のごとく怒っていれば、その理由づけは叩かれた方がしていたんです。げんこつにはインフォ−ムドコンセントも何もないわけですけれど、げんこつしようとした気持ちをどれだけ言葉で表現できるかといったら、そんなことはできないと思うんですね。なおかつげんこつなしで言葉だけで言われても、子どもは納得できないはずなんですよ。げんこつやって黙っていれば一番良かった。あとは叩かれた方が解釈するというところに私は自由があると思うんです。頭ごなしに、と言いますが、頭ごなしにされると頭がこなれる(笑い)。 |
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うまい! 今の発言には大変禅機というか、禅的な体験に基づく掴みがあると思います。禅宗の文化とは、「教外別伝」とか「直指人心」というように、言葉で表現できないもの、体で掴むものが基本であるということと、禅問答もそうですけど、言い表わしがたいものを言葉で浮かび上がらせるという両極を持っていると思います。
禅的な自由自在さというのは、無分別の中に生まれてくる根源知の働きだと思うんですね。例えば『臨済録』などを見ても、げんこつで殴り合っている場面なんかいっぱい出てきますよね。 |
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棒を持ったりしまうからね(笑い)。 |
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なんで殴られたのかというところから一瞬にして超越とか解脱や悟りに至って、新しい意識の地平が開かれる。そういう開かれの体験がいろいろな人たちの禅体験の記録の中にありますが、そういう観点や体験や伝統を玄侑さん自身が持っているので今の話は説得性があると思うんです。だが、一般の人には、げんこつは暴力だという常識がありますから、そういう場合分けの臨機応変的な理解はできないんじゃないですかね。 |
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でも理屈が袋小路になっているというのは皆感じているんじゃないでしょうか。今の学校教育というのは、子どもたちは自然に親しむべきだし、近隣の大人たちに育まれて社会性を帯びるべきだし、学校は地域に開放されるべきだという考えでずっときたわけですね。ところが刃物を持って学校に乱入するような人間が一人でも出ると、そういう考え方やシステム全体が覆るわけです。地域に開くという部分を、門を閉じ、塀の高さを上げ、完全に閉じようとする。門を閉じることと、社会に開くことは両立できない。
でもどちらかを選ぶとき、例えば台風が来るかもしれないから窓のない家をつくろうというのに近いような対応は問題だと思います。どんなシステムでも変なものが現れると齟齬をきたすというのは全体性を考えるときにやはり必要な視点だと。やはりカオスを含んでいないと生きたシステムではないと思うんです。
ですから齟齬をシステムの揺らぎとして受け止めて、システム全体に対する自信は失わないという態度が必要なのではないでしょうか。 |
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僕は徳島県出身ですが、徳島の吉野川には、江戸時代から続く青石でつくった第十堰という見事な堰があるんです。ところが旧建設省や国交省は全国にダムをつくろうという計画を進めていて、吉野川の河口にも堰をつくろうということになった。
けれどもそれが自然環境全体のシステムとか文化や経済にどういう影響があるかを考えていない。それをつくるためには何百億というお金が動いて、建築族とか土建業者とか、そのときだけ潤う人がいても、それを維持していくためにはどれほどの負担が子孫にかかってくるか。
文化の面からも自然の面からも経済の面からも五十年、百年に一度洪水が起こる可能性があるという机上の計算に基づいて新たに河口堰をつくるよりも、江戸時代の民衆の叡智の結晶である第十堰のようなものを見直して、それを今風に、あるいは未来にどういうふうに発展的に維持できるのかと考える方が臨機応変な文化の力ではないかと思うんですね。今のお話はそういうものと通じている。 |
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国交省がつくろうとしている堰は、自然を完全にコントロールしようとしているわけですね。自然がコントロールされてしまったときに、自然というのは恐れるに足らないものになる。そうするとそこに神もいなくなるんです。 |
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計算できるものになるわけですからね。 |
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日本で今なお自然崇拝が残っている地域というのは、台風や津波がしょっちゅう来るところなんかが多いですね。人知の及ばないものに対して、神のなさったことだと思ったとき、ようやく切ないけれど納得するという側面があると思うんですよ。
めったに来ないんだけど、来たときにはそう思って納得するというくらいが私はちょうどいいと思うんですね。 |
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まったく同感ですね。洪水になるというところだけをあまりにも考え過ぎている。洪水になることは本当に悪いことだけなのかどうか、別な視点から考えなくてはならないと思う。例えば洪水には大地を肥沃にする一面もある。昔から洪水によって上流のミネラルが運ばれて、肥えた土の新陳代謝が生まれてきたわけです。 |
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中国の黄河流域なんか典型的ですね。 |
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それから、自然の持つ変動性に敏感になるという感性の練磨を生むわけですよ。つまり、いつどのように堤防が決壊するかも分からないという、ある意味では危機管理的な意識が自然にキープされますよね。 |
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危機管理的な意識というのは、コントロールしようというのとは違いますね。 |
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自然の声を聴くという意味ですよ。 |
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要するに臨機応変力ですね。 |
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かつては家を建てるにしても、末代にまで残すようなものをつくるという発想ではなく、何が来ても変動の中で組み立て直すことができるようにするとか、自然のサイクルに合わせられるようなゆとりや感性があったと思う。ところが人間がつくった決めごとだけに合わせるというのはまったくそういう部分、隙間というか余白がないわけです。余白のところに神が宿っていたのだし、自然の持ついろいろな創造性が発揮されてそれが人間にインパクトを与えて、次なるアイデアや行動が生み出されてきた。そういう部分がやはり弱くなっているわけですね。 |
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仏教の「空」は日本では「スキ」とも読めるじゃないですか。ですから室町の数奇者、あれは仏教の空が由来なんですね。 |
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数奇屋造りとかも。 |
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そうです。背景には神道の考え方にうまく乗ったというのがあると思うんですが、われわれで構築したんだというものにスキはないですね。例えば世界を見渡したときに、自然と闘ってここまで俺たちはやっているんだという意識が非常に強いのがオランダだと思います。地面さえ先祖が埋め立ててつくったと。あそこに発達した個人主義の独自さというのは、そういうところから来ていると思うんです。現在、オランダだけが安楽死する権利があるということを法制化しているわけでしょう。七十五歳を過ぎたら自殺薬を持てるんですね。ドリオンの薬といいますが。 |
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すべてをコントロールできると。ある意味ではフランシスコ・ベーコンが『ニュー・アトランティス』の中で書いているような、科学技術が人間や自然のあらゆるものを征服する手段となって、すべてをコントロールして埋め尽くしていくことができるという発想の一つの極ですね。ある意味で東洋とかアフリカに科学が発達しなかったというのは、これをやると神罰や仏罰、祟りがあるという考え方があったからではないでしょうか。 |
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それもあるんでしょうけど、東洋には人知に対する根本的軽蔑というのが古くからあると思います。 |
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「計らいを捨てよ」という哲学ですね。道教もそうですね。 |
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荘子にとっては言葉さえ本質的な全体性を仕切る境界線とか空にしかすぎないわけですし、老子にとっても柔弱こそが最高であって、人知が成長していった状態というのは最低のものだという見方があるんじゃないですか。やはり、揺らぎのある渾沌というか、渾沌を最上のものとする考え方ですよね。
私は渾沌がカオスと訳されることに違和感があるんです。日本人はカオスと渾沌を同じ意味で使っている人が結構いますが、西洋人がカオスと言ったら混乱とか無秩序ですからね。 |
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渾沌は根源ですから、無秩序とはちがう。秩序を生み出す源が渾沌です。 |
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意識が生み出されるもとの無意識ですね。 |
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秩序になってうないけれども秩序を生み出す母、マトリックスのようなもの。ある意味では秩序より上位にあるもの、あるいは下位に、より根底にあるものが渾沌とかタオ(道)です。そういう根源的な孔から陰陽など二つに分かれて、そこから無秩序というものも出てくる。 |
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渾沌の持っている創造性の説明原理がおそらく陰陽ですよね。創造原理として渾沌というものがあって、インド人にとってはブラフマンですが、いずれも宇宙の創造原理ですよね。 |
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神道ではムスビになります。ムスビとは根源的な自然生成力のことです。 |
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『古事記』の最初に出てくる神様は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)です。これは天の中心だという意味ですから、ある聖なる場・空間ですね。そこに高御巣日神(タカミムスビノカミ)が現われる。タカというのは偉大なという意味の尊称ですから、要はムスビの神様です。次に神産巣日高(カミムスビノカミ)。これは神と神にはさまれたムスビですから、やはり偉大なるムスビ。二代続けてムスビという神様なんですね。 |
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ネットワークですね。 |
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とすれば、造化三神といわれる神様はムスビの力なんです。ムスビというのは、ものを結ぶのではなく、苔むすとか、何かが霧のように泡のように現われるとか、まさに渾沌から万物が形成される力そのものです。ある意味では道教の渾沌、あるいは道から万物が生じるというのと非常に近い。 |
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面白いですね。最初何もない状態から結ばれて神が生まれてきたとするならば、神を生んだ場というのはまだほどけているわけですね。 |
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神すらもないということですね。 |
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それって仏ですよね。 |
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仏というのか、和辻哲郎は「神聖な無」と言いましたね。それは仏教的な観念にも非常に近づいています。最初に神聖な無があった。神々もそういう中から現われ出てくる。だから最初から神がいて、世界をコントロールするとか創造するとかいうのではない。何者かがおわすか分からないけど、何か聖なる場のようなものがある。 |
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西田幾多郎が言う「絶対無」というものですね。 |
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そういうところから現われ出てきて、生成、創造がなされていく。 |
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結ばれて神が出てくるのはいいことだと思うのですが、同じ構造というか出来事が個々人の中でも起こっていて、もう少しレベルの低いものが結ばれていろいろ出てくるわけですね。 |
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煩悩とか欲望とか。 |
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その結ばれたものをほどけと仏教は言うわけです。ほどいた状態が仏だと。私は仏という字をほどけるということから「ほとけ」と訳した日本人ってすごいなと思うんですよ。 |
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それは語源論として正しいんですか。 |
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二つの説があるんです。仏塔を礼拝する人々のことを「浮屠家(ふとけ)」と呼んでそれが変形したという説もありますが、私はやはりほどけるだと思います。明らかに仏の解釈に神道的な心が込められていると。 |
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そうだとすると、そこには大変な哲学がありますね。つまりムスビとほどくというのはある種、組というか対構造のようなものであり、ものを生成していく原理のムスビと、生成そのものを解体していく働きの原理のほどきの対構造。だからムスビとほどきというのは現象の二面、表裏とか陰陽を表わしている。
そういうことを分かりやすい言葉でほどき、ほとけと命名したというならば、その直観と洞察力というのはすごいものですね。 |
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仏というのは解脱した状態ですからね。解脱という言葉を意味的に解釈すれば、ほどけて脱するですから、充分あり得ると思いますね。 |
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仏がほどくということからきたとするならば、日本人のものの見方、例えば無常ということも、ものが生み出されて変化してほどけていく姿ですね。死んだら仏になることも含めて、大きい生命の循環やうねりの中にあるという直観がやはり働いている。 |
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それは働いていると思うし、意識していると思いますね。「いろは歌」にしてもすごいでしょう。同じ音を二回使わないという芸当をしながら、あれはお経の翻訳ですねど、実に見事ですね。 |
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そういう言語感覚というか言霊感覚を歌の調べに乗せて、深い哲理をその中に込めて直観的に理解できるようなものにしているわけですからね。
僕は禅と老荘思想は似ているところがあると同時に、神道にもつながるところがあると思っています。 |
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そう思いますね。 |
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本当にシンプルなものの中に生命の根源を見るとか、生成の未発の力を甘受する。神道ではそれを「初(ハツ)」と言う。何もないところから何ものかが現われ出てくる。
「初物」とか「初穂料」といいますが、一番最初に現われ出てくるものを最もムスビの力の働きの込められたものとして必ず神様に捧げる。だからそのいと小さきものが大事になるわけですね。初発の状態というのは、そこから成長していくものですから、純真無垢な赤ちゃん状態ですね。純粋な一番初源の状態、それも無ではなく、形にはなっている。そのような最初の、まだ形でないものから形になったという段階のものを神聖なるものとして大切にするわけです。 |
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例えば道教ですと、初が生まれてくる前の状態を虚というわけですね。タオともいうでしょうし、あるいは禅だと無になったり空になったりしますけど、虚であるということを批判する考え方が儒教ですね。東洋思想の中では儒教というのは道教があるので安心して片方に偏れる、あるいは仏教の対抗上極端に行けたという部分があったと思う。
儒教は常に、仏教が虚の教えであるという批判をするわけですが、やはり虚とかほどけた状態とか、タオというものに根源をおいているところにいろいろなものが混淆できる素地があるような気がしますね。 |
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八百万的思考の源流をたどっていくと、そこに至るでしょうね。八百万というのは多様性ともいえるわけですが、多様を生み出し包含するムスビの生成力があるわけですね。
ある一つの構造をガチッと決めて、これしかない、あとは排除するというのではなくて、いろいろなものを生み出すムスビの種みたいなものがいろいろな形に変幻自在になって、そういうものを生み出すマトリックスがあるので、それをムスビとか、中国風の哲学ではタオであるとか虚であると言っている。「大道廃れて仁義あり」という言葉が『老子』の中に出てきますけど、仁義というのは確かに自然律から外れてしまった人間がつくった秩序やルールですね。それを人間社会に当てはめて良しとした。 |
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良しとしたというか、老子の趣旨に従えば、やむを得ないというか、大道が廃れなければ仁義はいらなかったわけですし、人がそのままで仲良くやれば礼儀もいらなかったということですね。 |
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大きな組織を運用するとき、そこには秩序やルールが必要になってきます。 |
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そうなると虚ではなく実が必要になってくるわけですね。 |
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それ以前というと縄文時代のような群をなした部族的生活です。その中では顔と顔が見えますから、日常生活の中で覚えられる人間の数だと、言葉なしでも通い合うものがある。気配で感じられる世界、それはタオ的なんですよ。
ところが組織になると何千、何万人になると、全く顔が見えない関係性が成り立ってきますから、コントロールが必要になる。そうすると人と人が対面するときも地位とか服装とか挨拶の仕方とか、いわゆる儀礼の作法を強化していくことでそれを維持していく。 |
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組織は巨大化してはいけないですね。お釈迦様のサンガも比丘の数が多くなって、やむなく細かい律がたくさんできてくるわけです。 |
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適正規模がやはりあるということですね。僕は人間関係の基本的な部分は顔が見える、声が聞こえるというようなところにあると思うんですよ。
それプラスアルファでどういうネットワークができるかは次の段階になると思いますが、その基本部分が空洞化してしまうと、自分たちの足元、一番の源がおろそかになっていく。 |
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宗教も組織が大きくなってはいけないような気がしますね。 |
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仏教教団もほどけて元の初発の状態から次に再編というか、組み直されるようなことをした方がいいんじゃないかと僕は前から言っているんです。 |
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ほどけるということが今の仏教教団で何を意味するかですね。例えば、比叡山から分かれたんだからもう一度比叡山でまとめたらどうかという意見もあるわけですね。
しかしそれはほどくことではなく、また大きく結ぶことです。大同団結というか。ほどくというのはどうしたらいいんですかね。 |
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組織は大きくない方がいいと思います。なぜならば大きい組織は大きい金を動かしますね。大きい金を動かすときには、人を駒のように使っていく。いわば機械的な操作に近いものをどんな場面でも生み出している。人間が生活しているごく等身大の部分からどんどん遠ざかって、実といわれながら虚像だけが肥大化して、それが実のように見せかけているような世界がいろいろなところにあると思うんですよ。
そこでは別にその人でなくても務まるとして、首のすげ替えが簡単にできる。虚であって実であるような不確かなものによって維持されている。つまりそれは空洞化しているということです。ヴァーチャルなんです。 |
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例えば「宗教法人」といいますけど、それは概念そのものを生き物と見なすということですよね。和尚がいて始まるというところが、いなくとも組織としてあり得るという、要するに和尚は誰でもいいんだという一つの概念化の作用だと思うのですけれども、そういうものまで解体したら面白いと思うんですがね。つまり、もう個別に任せるということです。 |
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和尚から始まるというところへ戻れということですか。 |
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そうですね。 |
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僕は教育の現場にずっといますから、教育というのはどこから始まるかということをよく考えるんです。本当の教育は、文部科学省による全国一律の通達で行なわれるというようなものから一番遠いところにあると思います。例えば辻説法とかいろり端の物語のように、人が何かを伝えようとするところから始まるものだと。
そういう教育の一番クリエイティブな部分が法人になり組織になっていったときにどんどんがんじがらめになって癒着剤化していく。学校教育でも画一的にやっていくことがいかに子どもたちが持っている創造力や感覚を疎外してしまっているかに全部つながっていきますね。 |
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原則は個別であるべきなんですね。宗教とか文学とか、医療もそうだと思うんですねど。 |
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患者本位ということですね。 |
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それぞれが個別の存在であると。今は多くの場合、患者が四十代の男性のこういう症状ならばこうだろうという一般論から入るわけですが、それだけではない何かを感じ取ってくれる人が私は良い医者だと思います。患者も自分は個別に診てもらっているという感覚が持てたときに信頼が生まれるわけです。文学はまさに個別の世界ですね。
宗教もおそらくもとは個別でしかあり得ない世界だと思う。それが組織になってきたときに仕事化してきますから、そうするとマニュアル化するわけです。マニュアルという原則は、どの個別にもピタリとは相当しないフィクションだという意識を持つべきだと思うんですね。 |
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別の言葉で言えば臨床的知ですね。臨床的であるということは、人の個別を見ながらどれだけ、イマジネーションをその場で働かせて実際のケアとか医療とか具体的なアクションにつなげて、処方箋をつくっていくことができるかということです。「医王」ともたたえられたお釈迦さんがやったのは、まさに臨床知の実践ですものね。 |
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お釈迦様は基本からは始まらなかったんですね。原理からは始まらず、とうとう原理も出さなかった。 |
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「無記」ですもんね。 |
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それを後の人たちが組織化したときに、組織にとって必要な原理を無数の応用編から抽出してきた。 |
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アビダルマ哲学とか。 |
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抽出された抽象的なフィクションというものから人は入っていって、それが基礎だと思っているわけです。基礎の次に応用をやるものだと一般的に思われているわけですけど、基礎というのは、この世のどこにもないフィクションなんです。 |
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例えば外国語にしても、基礎である単語力が増えただけではその場でコミュニケーションができないわけです。単語よりもモミュニケーション、つまり関係性の方が重要ですね。単語を知らなくても何でも通じ合わせる力を生み出すことはあり得ますから。言葉を臨機応変に組み替えていくことがなければ、実際の現場に応じて必要な処方箋を使えないということになりますね。いくらいいものを潜在的に持っていても発揮できない。そういう臨床的な臨機応変力を発揮していく働きこそが今、切に求められていると思う。 |
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やはり日本人は、八百万のような考え方があるんだということをもっと世界にアピールして良いと思います。日本人の宗教観と言ったとき、「宗教」という言葉がもともと外来語で、一神教から見た場合に日本人の宗教観は劣っているんじゃないかという見方がされたままに日本人は受け止めてきたわけですね。でもそうではないんだ、日本の宗教を表現するのに「religion(レリジョン)」では無理なんだというところに戻って、八百万のあり方を肯定してきた歴史を再確認して、世界に発信すべきだと思うんですね。
アメリカとイラクだって、七福神の二人くらいに見て、価値観がまったくちがったところが並立してあってもいいんじゃないの、という基本ソフトが今一番大事だと思いますね。 |
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その考え方は、 一神教の世界でも神秘主義者にはかなり通じますね。イスラム教のスーフィーとかキリスト教の神秘家とかロシア正教もそうですが、どのような一神教でも、もともとその土地の神様がいたわけですから、自然崇拝なものやアニミズム、シャーマニズムといったものが根っこにあるわけですね。土着の信仰が生きているところでは、基本ソフトが共通しているという気がするんです。
ところが、汎神論は絶対認めないといって排除していく構造の中では、その八百万基本ソフトそのものの生かし方がまだないわけですよ。カトリックの遠藤周作さんもそこで苦しんだんですね。彼の遺作となった『深い河』はその葛藤と相克をとても切実に分かりやすく描いてますね。 |
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カトリックが立ち上がってくる以前の、例えばグノーシスの中では、日本の神道と同じように荒御魂(あらみたま)も和御魂(にぎみたま)も、異常な力を持った人は皆神だったわけでしょう。善と悪、ゴッドとデビルの区別ができる前の神様の一人がアブラクサスという神ですが、そこまで戻るのは無理だと思うんですね。もし可能性があるとすれば、私はいわゆる東方教会の中にある気がします。以前セルビア正教会に行って驚いたのは、神様が造形としてあったんです。 |
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どんな造形ですか。 |
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髭を生やして白い衣を着て、十字架上のイエスの腕の辺りに「痛いだろうな」みたいな顔をして手を差し伸べているんです。姿があると逆に絶対化しないですよね。
八百万まではならないですけれど、東方教会の特徴というのは、マリアとか天使の力がまだかなり大きいんでです。あの辺にもうちょっと力が与えられると、要するに、太陽神に絶対化されずに月読(ツクヨミ)もいるよ、という世界になれるんでしょうね。 |
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東方教会のイコン像にもそういう宗教複合を感じますね。遠藤周作さんは、『深い河』の中で「神は色々な顔を持っておられる」という神観を語っています。それはキリスト教的な文脈では、すべての宗教に神やキリストや聖霊がはたらいているという思想だけれど、同時に、世界中にはいろんな神様が八百万的に存在していて、その根元は、深く大きくつながっているという含意でもあります。
実際、主人公の神学生の大津は、「ヨーロッパの教会やチャペルだけでなく、ユダヤ教徒や仏教の信徒のなかにもヒンドゥー教徒の信者にも神はおられると思います」と主張する汎神論思想の持ち主ですが、それが異端思想だと先輩の神父から激しく批判されます。
実は、僕はグノーシス主義にとても魅かれるものがあって、特に『ナグ・ハマディ文書』を読んだとき、その神話哲学とその自在な象徴的表現力に本当に陶酔したんですよ。結局、異端思想という回路を通して、世界の宗教文化はぐるりと大きく深くつながっているということですね。そのことを異端視してはいけないんですよ、これからはもう。 |
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