さすらいの佛教語 目次
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さすらいの佛教語:第38回 【一大事】
さすらいの佛教語:第37回 【自由】
さすらいの佛教語:第36回 【出世】
さすらいの佛教語:第35回 【ご馳走】
さすらいの佛教語:第34回 【ゴタゴタ】
さすらいの佛教語:第33回 【藪と野暮】
さすらいの佛教語:第32回 【利益】
さすらいの佛教語:第31回 【袈裟】
さすらいの佛教語:第30回 【説教】
さすらいの佛教語:第29回 【おっくう】
さすらいの佛教語:第28回 【けげん】
さすらいの佛教語:第27回 【あまのじゃく】
さすらいの佛教語:第26回 【爪弾き】
さすらいの佛教語:第25回 【つっけんどん】
さすらいの佛教語:第24回 【台無し】
さすらいの佛教語:第23回 【砂糖】
さすらいの佛教語:第22回 【お陀仏】
さすらいの佛教語:第21回 【女郎】
さすらいの佛教語:第20回 【三千大千世界】
さすらいの佛教語:第19回 【祗園】
さすらいの佛教語:第18回 【ご開帳】
さすらいの佛教語:第17回 【ふしだら】
さすらいの佛教語:第16回 【めっぽう】
さすらいの佛教語:第15回 【がたぴし】
さすらいの佛教語:第14回 【工夫】
さすらいの佛教語:第13回 【ないしょ】
さすらいの佛教語:第12回 【うろうろ】
さすらいの佛教語:第11回 【油断】
さすらいの佛教語:第10回 【阿弥陀クジ】
さすらいの佛教語:第 9回 【素性】
さすらいの佛教語:第 8回 【餓鬼】
さすらいの佛教語:第 7回 【分別】
さすらいの佛教語:第 6回 【大丈夫】
さすらいの佛教語:第 5回 【退屈】
さすらいの佛教語:第 4回 【娑婆】
さすらいの佛教語:第 3回 【観念】
さすらいの佛教語:第 2回 【貧者の一燈】
さすらいの佛教語:第 1回 【皮肉】
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昔から修行道場では、トイレ掃除は新入りの仕事だが、食をあずかる典座さんのトップは必ず熟練の修行者を割り当ててきた。修行者全員の命を預かる重要な仕事だと認識されていたからである。
台所のすぐ近くには、たいてい韋駄天尊者という仏像が祀られている。どこのお寺でも、戴いた食材や食べ物はまず韋駄天さまにお供えし、それからありがたくいただくのである。
韋駄天という方は、とても俊足の神さまらしく、お釈迦さまの遺骨のなかから歯が盗まれたときも、追いかけて取り戻したという話が伝わっている。その俊敏な動きで、新鮮な食材を遠くからでも求め、豊かで安全な食事を提供する。少なくとも、台所をあすかる典座さんには、そのような心構えが必要だということだろう。
台所にはまた大黒さまが祀られることも多い。本来はヒンドゥー教のシヴァ神の化身で、日本に来ると大国主神とも結びつき、ネズミと一緒に米俵に乗ってしまうが、もともとは韋駄天と同じようにインドの軍神である。
戦で活躍する勇ましい二人が台所に祀られる。なんだか不思議に思えるかもしれないが、実際、食材の調達から調理、配膳などの現場は、一瞬のタイミングを争う鉄火場だろう。熱いものを熱いうちに出すという当たり前のことに、必死で汗を流すのが台所ではないだろうか。
そのように、駆け回り、走って準備した人々に対するねぎらいと感謝の言葉が、ごく自然に「ご馳走さま」になった。この言葉は、それからさほどさすらうこともなく、同じように使われているが、やはり原義に対する想像力はなくなってきている。
最近では駆け回って材料を揃えるといっても、スーパーまで慌てて走るのが関の山。そして急いで買ってきた餃子に農薬が入っていたりするのだから「ご馳走」とは程遠い。
食料品の自給率が下がるほどに、ご馳走率は下がるのかもしれない。むしろ外国も含め、どこかで誰かが走ってはいるのだが、できるだけ身近な人々に走ってもらったほうがご馳走であり、思わず「いただきます」と奉り、感謝せずにはいられないはずである。