さすらいの佛教語 目次
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さすらいの佛教語:第38回 【一大事】
さすらいの佛教語:第37回 【自由】
さすらいの佛教語:第36回 【出世】
さすらいの佛教語:第35回 【ご馳走】
さすらいの佛教語:第34回 【ゴタゴタ】
さすらいの佛教語:第33回 【藪と野暮】
さすらいの佛教語:第32回 【利益】
さすらいの佛教語:第31回 【袈裟】
さすらいの佛教語:第30回 【説教】
さすらいの佛教語:第29回 【おっくう】
さすらいの佛教語:第28回 【けげん】
さすらいの佛教語:第27回 【あまのじゃく】
さすらいの佛教語:第26回 【爪弾き】
さすらいの佛教語:第25回 【つっけんどん】
さすらいの佛教語:第24回 【台無し】
さすらいの佛教語:第23回 【砂糖】
さすらいの佛教語:第22回 【お陀仏】
さすらいの佛教語:第21回 【女郎】
さすらいの佛教語:第20回 【三千大千世界】
さすらいの佛教語:第19回 【祗園】
さすらいの佛教語:第18回 【ご開帳】
さすらいの佛教語:第17回 【ふしだら】
さすらいの佛教語:第16回 【めっぽう】
さすらいの佛教語:第15回 【がたぴし】
さすらいの佛教語:第14回 【工夫】
さすらいの佛教語:第13回 【ないしょ】
さすらいの佛教語:第12回 【うろうろ】
さすらいの佛教語:第11回 【油断】
さすらいの佛教語:第10回 【阿弥陀クジ】
さすらいの佛教語:第 9回 【素性】
さすらいの佛教語:第 8回 【餓鬼】
さすらいの佛教語:第 7回 【分別】
さすらいの佛教語:第 6回 【大丈夫】
さすらいの佛教語:第 5回 【退屈】
さすらいの佛教語:第 4回 【娑婆】
さすらいの佛教語:第 3回 【観念】
さすらいの佛教語:第 2回 【貧者の一燈】
さすらいの佛教語:第 1回 【皮肉】
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なにが億劫かといって、仏教の時間の単位を覚えるほど億劫なことはない。たとえばこの「劫(こう)」という言葉、もともとはサンスクリットのカルパ(kalpa)の訳語だが、『大智度論』巻五によれば、一辺が約十四キロの岩に百年に一度天女が降りてきて、その羽衣と岩との摩擦によって岩がなくなってしまってもまだ一劫には及ばないという。また別な喩えもあり、同じく約十四キロ四方の城に芥子を充満させ、百年に一粒ずつそれを取り出して全部を取り出し終えてもまだ一劫には満たないのだそうだ。
一劫でさえこうなのだから、億劫となれば時間が長すぎてやりきれない。そんな先にしか結果がでないのでは面倒くさいしやる気にならない。そこで億劫はそういう意味になったのだろう。「おっこう」が転化して「おっくう」になった。
だいたい、百年のあいだには天女の羽衣より風雨のほうが岩を侵食しやすいだろうし、芥子粒だって虫に喰われたり腐ったりしてしまうと思うのだが、その辺はどうなのだろう。
億劫だから、とにかく膨大な時間であることだけでヨシとしよう。
さらにインドには「百千万億」とか「那由他(なゆた)」
「阿僧祇(あそうぎ)」
などという数量もあり、那由他は十の十数乗、阿僧祇は数十乗とされるが、経典には「百千万億那由他阿僧祇劫」なんてことも書いてある。
億劫がらずに一劫を計算した人があり、それによればおよそ四十億年くらいらしいのだが、それならこの「〜〜劫」は何年ぐらいなのか。さすがにここまで来ると厳密なのかいい加減なのかも判らない。
しかし約七十五分の一秒とされる刹那からこの劫まで、とにかくインド人の考えた時間はミクロでもマクロでも気が遠くなるほど幅広い。挙げ句に、彼らはゼロまで発見してしまったのである。
明らかに、ゼロの発見と「色即是空」の「空」はどこかで繋がっているのだろうと思う。もしかすると、彼らは億劫な現実をすっきり表現するためにそれらを案出したのではないか。億劫がって何かを産みだした希有な例かもしれない。
※「阿僧祇」の「祇」は
です。