さすらいの佛教語 目次
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さすらいの佛教語:第42回 【彼岸】
さすらいの佛教語:第41回 【おぼん】
さすらいの佛教語:第40回 【不思議】
さすらいの佛教語:第39回 【老婆心】
さすらいの佛教語:第38回 【一大事】
さすらいの佛教語:第37回 【自由】
さすらいの佛教語:第36回 【出世】
さすらいの佛教語:第35回 【ご馳走】
さすらいの佛教語:第34回 【ゴタゴタ】
さすらいの佛教語:第33回 【藪と野暮】
さすらいの佛教語:第32回 【利益】
さすらいの佛教語:第31回 【袈裟】
さすらいの佛教語:第30回 【説教】
さすらいの佛教語:第29回 【おっくう】
さすらいの佛教語:第28回 【けげん】
さすらいの佛教語:第27回 【あまのじゃく】
さすらいの佛教語:第26回 【爪弾き】
さすらいの佛教語:第25回 【つっけんどん】
さすらいの佛教語:第24回 【台無し】
さすらいの佛教語:第23回 【砂糖】
さすらいの佛教語:第22回 【お陀仏】
さすらいの佛教語:第21回 【女郎】
さすらいの佛教語:第20回 【三千大千世界】
さすらいの佛教語:第19回 【祗園】
さすらいの佛教語:第18回 【ご開帳】
さすらいの佛教語:第17回 【ふしだら】
さすらいの佛教語:第16回 【めっぽう】
さすらいの佛教語:第15回 【がたぴし】
さすらいの佛教語:第14回 【工夫】
さすらいの佛教語:第13回 【ないしょ】
さすらいの佛教語:第12回 【うろうろ】
さすらいの佛教語:第11回 【油断】
さすらいの佛教語:第10回 【阿弥陀クジ】
さすらいの佛教語:第 9回 【素性】
さすらいの佛教語:第 8回 【餓鬼】
さすらいの佛教語:第 7回 【分別】
さすらいの佛教語:第 6回 【大丈夫】
さすらいの佛教語:第 5回 【退屈】
さすらいの佛教語:第 4回 【娑婆】
さすらいの佛教語:第 3回 【観念】
さすらいの佛教語:第 2回 【貧者の一燈】
さすらいの佛教語:第 1回 【皮肉】
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祇園といえば、たぶんどなたも、京都東山の八坂神社の門前町を憶いだすことだろう。いや、そんな言い方よりも、京都の有名な遊里と申し上げたほうが早いかもしれない。
しかしこの地名も歴とした仏教由来。八坂神社は元はお寺で、その名前が祇園寺だったことに因る。祇園の名前が人口に膾炙したのは当然『平家物語』の冒頭のおかげだろう。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」は、どなたも聞き覚えがあるはずである。
祇園精舎は、本来はインドでお釈迦さまの外護者(げごしや)だった富豪のスダッタ長者が、コーサラ国の首都舎衛城に近い大きな森を修行のための場所として寄付した、その場所や施設の呼び名である。もとの所有者はコーサラ国のジェータ太子だったわけだが、伝説によれば、スダッタ長者はその土地全体に黄金を敷き詰めてこれを買い取り、そのまま寄付したのだという。
祇園という名前は、正確には祇樹給孤独園(ぎじゆぎつこどくおん)の略である。これは孤児たちに食べ物を与える者の園という意味だから、この森はそのような場所だったのだろう。もしかするとジェータ太子が直接施しをしていたのかもしれないが、おそらく多くの人々が、そこへ行けば孤児に施すことができたのではないだろうか。
祇園はその当初から、社会にうまく馴染めない人々を保護しつづけた場所なのかもしれない。人の死を知らせる鐘の音も、きっと世の中とは別な価値を響かせていたのだろうし、またよく知られるのは舞妓さんや芸妓さんたちの筋金入りの口の堅さだ。そこは単なる遊里というより、社会に馴染めない人々でも平然と匿える避難場所であったのである。
インドの祇園と京都の祇園を比べると、どうも京都のほうはお金がないと行けそうもない。だから社会に馴染めなくて、しかもお金のない人は、最近は東京の上野公園や大阪の長居公園などでブルーシートを張って暮らしている。むろん彼らは孤児ではないが、ともあれこの社会に馴染みにくい人々とお寺とは当初から深い関係にある。そのことを、我々僧侶は忘れてはならないのだろう。
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(本文で表記されている文字)