作家・福聚寺副住職 玄 侑 宗 久

 「個性という言葉にとらわれず、子どもたちには天真爛漫であってほしい」と教えてくださったのは、芥川賞作家の玄侑宗久さん。
 玄侑宗久 さんが副住職を務める、福島県三春町にある臨済宗妙心寺派福聚寺をお訪ねし、書のことや、教育のことについて伺いました。

子ども時代についてお聞かせください。
 「体は強くなかったんですけど、小学校三年生から剣道を始めて、だんだん丈夫になっていきました。通信簿には『落ち着きがない子』とよくありました。活発だったんですね。勉強面では、何にでも興味があり、科目に関係なく好きでした」
どんな夢をお持ちでしたか。
 「お寺に生まれたので、お坊さんにならなきゃいけないという思いがあり、自分勝手な夢は描けませんでした。ただ、友達に聞くと、将来小説家にありたいと言っていたみたいです。けど、子どもは、いろんなことを言いますよね。
 小学五年生ぐらいのときに、三、四人の友達を引っ張り込んで、芝居の一座を組みました。昼休みに、早めにご飯を食べ、みんなが食べているときにいろいろとやるんです。それがいたく評判になって、よそのクラスにも出かけていって演じることがありました。」
書についての思い出をお聞かせください。
 「小学校二年生頃から、書道塾に通い始めました。厳しいお爺ちゃん先生でした。学校の近所で遊び回った後、そこに行きました。正座して、墨を磨らなくてはいけない。あの頃の暮らしの中では、引き締まった時間でした。
 中学校になり、別の先生に習いました。その頃はもう墨のにおいが好きでした。その先生は色に染まった感じがなく、書を上手に書くことよりは、礼儀作法や姿勢などに厳しかった記憶があります」
好きな書風を教えてください。
 「虞世南は好きですね。ただ、臨書して書きたいと思うわけではないんです。最澄のまじめさはありがたくていいんですけど、やはり、何ともいえばい風雅を感じるのは空海です。空海の書には華があるというか、好きというのとは少し違うんですが、気になります。非常に気になる字ですね。最澄と空海の字を見比べると、あの二人の性格だなという感じがします」
禅僧、例えば、白隠禅師の書はいかがですか。
 「凄いなと思いますけど、真似てみようという形ではないですよね。空海なんかは、空海の書き方で書いてみたいと思ったりもしますが、白隠さんは、雛形にはならないものです。特に禅僧の書は、真似してもしょうがないものだと思いますね」
心に残る師についてお聞かせください。
 「私の祖父の弟弟子にあたる遠藤宗徳さんという方が隣町のお寺にいたんです。そのお寺の前には樅の木がありました。良寛さんみたいな枯淡な、俳句を詠む方でした。ある日、郡山市の句会に出席され『樅高し雲ながれゆく明日は旅』と詠んだ翌日に亡くなられました。句会から戻ってきてお風呂に入り、家族を呼んでお酒を勧め一緒に呑んで、それで、白衣を着て寝たんです。それでそのまま、亡くなってしまいました。ちょっとできすぎだよな、というくらい凄かったですね。和尚さんとして、非常に尊敬された方でした」
印象に残っている言葉はありますか。
 「その方が大好きだった、梁塵秘抄の言葉で『仏は常にいませども現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ』です」
小説とは、また、その魅力についてお聞かせください。
 「先ほどの言葉にあるように、小説とは、現ならぬあわれなるものを表すことでしょうね。魅力というと、論理だけでは書けないということです。一つの仮想現実を自分で創り上げていくわけですけど、そこに自分が生き出してしまうんです。だから、小説を書いていて煮詰まったてきたときは、目が覚めるとその世界にいるんです。これは困ったことなんですけど、でも、もう一つの生を生きられるわけですから、ありがたいことです。苦しいけど楽しいですね」
お坊さんになるのか、小説家になるのか葛藤あったのですか。
 「ありました。でも、興味の対象が宗教であるか、文学であるのかの違いだけで、書き始めてみるとテーマの中に宗教が入ってくるわけです。そうすると、分けられないな、ということがだんだんと自分の中ではっきりしてきたんです。恩師の星清先生が『そんなに迷うんなら両方やってみれば』と言ってくださったことがきっかけとなり、まず修行に行こうと思ったんです。だから、修行に行く時点で文学を諦めていないんです。ただ、修行に行きお坊さんになったら、またそれが面白かったので、十六年ぐらいはほとんど何も書いていません。それが四十歳を過ぎて、ふと、書きたくなったんです」
昨年は一ヶ月に一冊のペースで新書などを出版していらっしゃいますね。
 「う〜ん。出し過ぎですね。ああいうペースになると小説が書けていないんです。小説が書きたいですね」
日々の困難や苦悩に、どのように対処したらよいでしょうか。
 「苦悩というのは明らかに私が作っているわけです。苦しみ悩むということですから、それは私を変質させれば済むことですよね。困難というと、客観的な言葉のような気がするんですけど、これも、困難だと感じている私なんです。身をゆだねるということができれば、抵抗がなくなりますから、困難じゃなくなるわけです。
 自分をコントロ−ルしたいという思いが苦しみを生むと思うんです。例えば、過去からいまは状況が変わっているのに、過去の方を大事にしているということです。過去に立てた目標の方が大事で、現在を無視するわけですから、ろくなことはないですよね。だから、長期間自分を拘束するような目標は立てないほうが賢明です。状況が変わったら、状況が変わったところで生きればいいわけです。こんなはずではなかったという思いを持ち込まなければ、困難はないんです。こうあるべきだ、というものがなければ、苦悩もないんです。みんな目標を持ちすぎですね(笑)」
日本の子どもたちにいま一番必要なことは何でしょうか。
 「個性を持たないことです。要するに、いまの個性とは、何のことかというと、先生が、大人が求める姿を演ずることが個性になっているんです。そうすると、認めてもらえるもの以外の、いろんな自分というのは、全部、後ろに溜まっていくんです。その背景には、自分そのものが不可思議なものなんだと思えない、悪しき個性教育というものがあると思います。
 つまり、個性というものが、わかりやすいものになってしまっているんです。人は訳がわからないものもほんとうは含んでいるはずです。状況に応じて鬼にもなれば、観音様にもなるのです。固定的な個性というものはありえません。現在の個性という考え方は、要するに完全にキリスト教ベースの考え方です。ペルソナからきたパーソナリティーというもののことをいっているわけです。日本の風土に関係なく、言葉を借りてくるから、困ったことになるのです。
 子どもは、訳がわからないことをいっぱいします。でも、いまの子どもたちは、訳のわからない、子どもしか味わえない時間というものを体験していないでしょう。外で遊ばないで、コンピューターゲームばかりしていますよね。自分の体という自然と触れあっていないんです。もっとも身近な自然が自分の体ですから、これとよく付き合わないと、持っている力が出てこないんです」
若人に贈る言葉をお聞かせください。
 「『天真を養う』です。子どもたちをああしたい、こうしたいと、大人は、あまりコントロールが強すぎますね。子どもたちには、天真爛漫になってほしいと思います。禅語としては、『虚懐天真を養う』なんです。要するに、思惑なしの空っぽのことです。こうしてやりたい、ああしてやりたいという思惑を離れた虚懐というのが天真を養うんです。身を任せるということですね。状況そのものをコントロールしてやろうという考えは持たないことです」
ありがとうございました。
記事:中島昭博
「書写書道」2007年3月号(日本武道館)