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師走の二十日、福島県三春町、鎌倉末期創建の名刹、臨済宗妙心寺派福聚寺へと向かった。
境内に一際高くそびえる本堂の横、戦国時代に建立されて移築されたという「書院」に通された。部屋に入ると背筋がスッと伸びる。床の間には『乾坤只一人(けんこんただいちにん)』の掛け軸。
「小説を書いている時、普段意識していない自分が目覚めてきて、書かされている感じがとてもいい。ギリギリ言葉にできない『不立文字(ふりゅうもんじ)』の世界を表現したい」。そう言うのは芥川賞作家の玄侑宗久氏。
丹田から発する太い声。卓越した話内容。藍染めの作務衣が清々しく、切れのある言葉が美しい。
剣道三段。第三十四代住職の父宗明氏の下で副住職を務めながら作家として活躍する玄侑氏に、『禅と武道』について聞いてみた。

小学四・五年の時、『アンコ椿は恋の花』という芝居を作ったところ、他のクラスの先生から「うちでもやってほしい」と呼ばれ、巡業して回ったそうだ。
「娘が売られていくというありふれた話なんですけど、いたく評判がよくて、お昼の弁当が食べられないほどでした」(笑)
だからずっと、ヒョウキンな三枚目で通し、通信箋にはよく「落ち着きがない」と書かれていたという。
「なんで『活発で行動的である』って書いてくれないんでしょうね」(笑)

小学校三年から近くの道場に通い、剣道を習い始めた。
「中学では剣道部に入って、高校二年まで続けて三段になりました」
武道の良いところは、何よりも『集中力』が養われることだという。
「自分の中では剣道はどこか坐禅と繋がっているような気まします」
剣道の『黙想』について尋ねた。
「『黙想』する時、何も考えないようにと教えられてもまずできません。禅では『体』から『こころ』をコントロールしますが、自分の『呼吸』一つに意識を集中するんだよって言うと入りやすいですね」
坐禅は普段無意識でしていることを意識化していく道だ、と学んだ。

「何かを教える時、よく『我慢しなさい』と子供を諭しますが、仏教では『我慢』はいけないことなのです」
我慢は『傲慢』の一種だと説く。
「自分の中の眠っている新しい可能性を目覚めさせるためのフロンティア・スピリットだよって、未知の領域へ一歩踏み出すよう投げかける。我慢しないよう『こころをシフトする』ことです」。うーむ、唸る。

『武士道』は一つの生き方の『美学』で、儒教的色彩が強いと指摘する。
「『儒教』は、今頑張ればいずれ好くなる、今我慢すればいつか目指す結果が得られる、と考えますが、仏教はそこに納得しないのです」
『修証一等(しゅしょういっとう)』『因果一如(いんがいちにょ)』と書いた。
「将来に『貸し』を作っちゃいけないんです。今は将来のための我慢であっちゃいけない。今は、今として楽しむ。だから、いつ死んでもいい、悔いのない状態でいられるのです」
ビンビン伝わってくる。
「儒教には一番を目指すという構造があります。二番以下が全部不幸になるんです。こんなことを言うと叱られるかも知れませんけど、ある年齢までは『武道、武士道的美学で自己を磨く』ことは非常に有効ですが、ある程度の年齢になったら『人生観』を取りかえてもいいと思うんです」
人生観の『スペア』をいくつか持って生きる方が大人なんじゃないか、という言葉がズシリと響く。
「だから座右の銘は『無節操』(笑)。人間っていうのは、何かの枠に収まりきるものじゃないですよ」
新世紀のキーワードは、『みんなちがって、みんないい』。
「金子みすずさんの童謡の一節です。本来、あの人とこの人は『比べようがない』のです。だから『勝負しないでください』と言いたいですね」

「私という個人も、国も、世界も本来、ひと括りにはできないのです。多面的要素がいっぱいあるわけで、それを『やおよろず』と呼びます」
『八百万の神』が対等に存在できる日本は不思議な国で、それが日本のすごさだという。
「世界が『八百万状態』になればいいんですね。『多様性』をそのまま認める『八百万』という考え方を、今こそ世界に広める時です」
二時間余の、満たされたインタビューは、ただただありがたかった。
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