「元気」 〜ひみつ〜
逆立ち
 
地球との関係実感し、悟りの境地 

 4年前、老眼になった。老眼を中国語で花眼(ホァイエン)という。花がよく見える眼になったという意味だ。「花は細部をじっと見るものではなく、一つの全体性を味わうものですから」
 仏教では全体性を「空」と呼ぶ。目や耳を信じすぎると大事なものが見えなくなる。「感覚は記憶により捏造
(ねつぞう)される。コインを落とすと言われただけでチャリンと音が浮かぶ。本当の音を聞いていない。それを聞くのが、悟るということです」
 20代の頃は使いにくかった体が、年を取って使いやすくなったという。「体と心は互いにかかわり合う一つの全体性なのに、若い頃は精神を体より気高いと信じ、すべて心の問題にするから体のことがよくわからない」
 放っておくと、言語を扱う大脳皮質が心身のトップに立って、体がどんどん元気を失うという。「元気になるには言語機能を休ませないとだめです。生命体の本質は変化。固定化、つまり言語化できない状態にしなければ」
 そこで、逆立ちをする。場所を選ばず何度でも。飲んでいても、東京の路上でも。「あれこれ考えると倒れますから」。体重を両手で支えながら、地球との関係が実感できたとき、心は悟りの状態に。でも、たまには無性に腹がたつこともある。そんなときには、たばこを一服。

文:嘉幡久敬

朝日新聞 2005年2月1日号  生活面

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