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例えば、将来の自分の幸福な家庭像を描いたとします。良妻賢母の女性と結婚し、可愛い二人の子供が生まれ、白い一軒家を建てて、犬を一匹飼う。さて、現実にこの通りになったとして、果たして私たちは幸せを感じるか。
答えはノーです。なぜならば、そんな状態は続くものではないし、そこが終着点ではないからです。可憐だった妻はやたら堂々としてくる。子供は反抗するようになるし、白かった家も汚れてくる。おまけに飼い犬にまで手をかまれる。また新たな夢を探さなくてはいけない。心が休まる暇がありません。
幸せとは、心で感じるものです。特定の目標が達成されたとき、それは幸福ではなく納得に過ぎない。あれが欲しい、これが欲しいと何かを追い求めているのは、幸福を追い求めることではない。単にそれは、欲望を満たそうとしているだけなのです。
今の世の中は、余りにも人生をコントロールしようとし過ぎています。三年後にはこうなっていて、一〇年後にはこうなりたい。晩年はこんなふうに過ごしたいと。そして、その通りに事が運ぶことが幸福だと思い込んでいる。そんな幻想を抱いているのです。
人生はコントロールできるものではありません。例えば結婚がそうです。いつまでも優しい夫でいて欲しい。素晴らしい父親でいて欲しい。完璧な妻や母親でいて欲しい。そんな願いが叶うはずはない。夫や妻を自分の思うようにコントロールすることなど不可能です。どうしても自分の思うがままにしようとするなら、一生結婚と離婚を繰り返すしかありません。
人は、将来の在り方を全て見越して結婚するわけではありません。相手が変わってくることもあるし、思いもよらなかった部分を見せることもある。予測がハズレることもある。ハズレることで視野というのは広がるものです。考えてみてください。全く自分の予測通りに人生が進んだとしたら、こんなにつまらないことはないでしょう。予定通りに結婚して予定通りに子供が二人生まれる。予定通りに出世して、最後は予定通りに死ぬ。それが幸福な人生と言えるでしょうか。
人生には思ってもみないことが起こる。自分の力でコントロールできないことがたくさんある。そのことに早く気づくことです。
お釈迦さまも言ってます。「人生は思ってもみないことの連続。だから生きていくことは苦なのです。」と。
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ある夫婦が私のもとに相談に訪れました。息子さんが自殺をした。どうしてもその原因が分からないのだと。私にはその答えを導きだすことはできません。果たして自ら命を絶つときに、明確な理由などあるのか。おそらくそれは単一の原因などではなく、八方塞がりの状態になったのだと思うのです。
成績が悪くて両親にきつく叱られた。家を飛び出したら車にぶつかりそうになり「バカヤロー」と怒鳴られた。駅の階段で躓いて転び、そのショックで切符を買い間違えた。繁華街をとぼとぼ歩いていたら雨が降りだした。そしてふと店先のテレビに目をやると、集団自殺のニュースが流れていた。もう気分は八方塞がりでしょう。
両親に叱られただけでは死のうなどとは思わない。まして切符を買い間違えただけで自殺する人間はいな い。全てのマイナスが重なり合って、心が追い詰められてしまうのだと思います。
そんな不幸の連鎖を防ぐためにはどうすればいいのか。それは一つ一つの出来事に対して、すぐに善し悪しの結論を出さないことです。確かに両親に叱られたことで傷つくでしょう。でもそれは、悪いことだとは限らない。後から考えれば、良かったと思えるかもしれない。とりあえず叱られたということは、脇に置いておけばいいのです。
悪いことだと決めつけてしまうこと、その後に起きること全てが悪い方向に行ってしまう。雨が降るのは良いことでも悪いことでもない。心が沈んでいるとメゲてしまうし、心がウキウキしていれば雨さえも楽しく感じる。人間とはたぶんそういうものです。
会社をリストラされた。それは大きな出来事かもしれません。でも、それが悪いことかどうかは分からない。悪いと決めつけてしまうと、どんどん悪い方向に向かってしまう。これは人生を変えるチャンスだと考えると、不思議と新しい出会いがあったりするものです。もしそこまで積極的な考えはできないと言うのであれば、とりあえず結論を保留にしておくことです。
さまざまな悩み事も然りです。悩み事は解決しなければならないと思い込んでいる。解決できるものはそうすればいいが、解決できないものもたくさんあります。ならば無理に解決しようとせず放っておけばいい。
私も自分の過去を振り返って、解決されていない悩みがたくさんあります。解決しないでどうなったのかと言うと、いつの間にか消えてしまったのです。言葉を換えれば「気にならなくなった」ということです。
いちいち結論を出すのではなく、とりあえず保留にしておくこと。解決できないものは放っておくこと。それが、人生という苦しい道を歩いていく智慧でもあるのです。
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七福神はめでたいものです。なぜ七福神がめでたいか知っていますか。それは、七福神 はめでたいものだと人間が決めたからです。お正月はなぜめでたいのか。そんなことは私にも分かりません。ただ、お正月に七福神を買って家に帰ってくる。それだけで心が弾んできて、何だか幸せな気分になってくる。幸福とはそういうものです。
面白いから笑うのではなく、笑うから面白くなってくる。人間は笑っていると嬉しくなってくるし、泣いていると悲しくなってくる。「笑う門には福きたる」とはよく言ったもので、人間の気分というのは行動によって左右されるところが大きい。案外単純にできているものなのです。
ならば笑って、前向きに生きることです。頭を上げて、まっすぐ前を向いて歩くことです。昨日のことは昨日のこと。良かった悪かったは分からない。あまり真剣に悩んだり、深く考え過ぎたりせずに生きること。コントロールするべきは、あなたの人生ではなくて心持ちなのです。
冬の寒い日。冷えきった身体を温めるために湯船につかる。そのときみんな「あー、極楽、極楽」と言うでしょ。これこそが幸せというものです。頭であれこれ考える幸せではなく、身体で感じる幸せ。日々のなかでそれをたくさん見つけることが、生きていくということかもしれません。
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取材・文 網中裕之/写真 高橋章夫 |
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「PHP」 2005年3月号 |
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