| 2008年 | ||
| 7月11 日 | ||
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| 辛い時はいくらがんばったとしても辛いものです。がんばらずに思いっきり泣いてみること、それも楽になる一つの方法かもしれません。今日一日、今をちゃんと生きていくことが大切なことかもしれないと感じています。どこかでそっと見守ってくれている人がいる、そんな気がしています。 | ||
| 6月29 日 | ||
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| 28日の福島発「ラジオ深夜便」をみなさんは聞かれましたでしょうか。私は聞く体制を整え「こころの時代」が始まるまでコーナーを聞いていたのはよかったのですが、番組の紹介の時点で眠ってしまいました。もしやという予感はしていたのですが、的中です。流れてくる声のせいでしょうか。それとも、始まったという安心感からでしょうか。という訳で放送内容はさっぱりわかりません。まぁ、そんなもんです。この日アンカーは福島放送局の吾妻謙さんが担当されました。テレビでとは違った落ち着いた話し方は、また新たな一面を見た感じです。 | ||
| 5月29 日 | ||
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| 久しぶりにてんぷらを食べて来ました。季節を感じながら食べる、これが醍醐味です。とは言うものの、おすすめは何かの問いに「甲羅揚げ」。これって2月までが旬じゃかったかと疑問をもっていると、それを察してか「旬は過ぎているけれど蟹が買ってくれって言うもんで、食べてみたら思いの外旨い。ロシアよりの北海道産だよ」と説明してくれました。実際、2月のものより身がしまっていて、甘味もあり美味しいの1言。美味しいものを美味しいと幸せを感じるひと時でした。また行きたいですね。 6月はあなごの美味しい季節です。おすしのあなごづくしにチャレンジします。前回は22個でしたが今度はいくついくか、愉しみです。 |
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| 5月18 日 | ||
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| どうもこの頃物がよく見えなくなってきています。もともと近眼ゆえ遠くは見えませんでした。別に変な意地をはっていた訳ではなく、眼鏡もなくコンタクトもなしでうすらぼんやりした世界を密かに愉しんでいましたが、今度は近くのものも焦点が合いにくくなってきています。本を読んでいても以前ほど夜を徹することが無くなり、持続力が衰えたのかと思っていましたら、どうやら目に原因があるようです。もしやこれって老眼なの?と不安の中で日々を過ごしております。 | ||
| 4月19 日 | ||
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| 先日あるお寺さんにお邪魔した時のこと。本堂にあった雪駄も玄関にあった雪駄も何故か左のものが若干下になって揃っていた。揃えてあげた方がいいのかと思いながらもそのままに、それは宗派の違いか、若しくは何か拘ってのことかと思った。暫く話をするうちに、和尚さんは3月の末に階段から落ちて足の指の骨を折り、今は大分良くなったものの、足が腫れているために足袋も履けず雪駄を履くことにも苦労をしていると伺った。あの時、打ち所が悪かったなら今頃は本葬だったなどと、冗談を云われていたが、ご無事で何よりである。 たぶんその和尚さんは雪駄を履く上でわざとずらしていたのだと思う。気を利かせていろいろすることにも、善し悪しがある。余計なことをしなくて良かったと思う。和尚さんの怪我が早く治ることを祈念している。 |
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| 4月16 日 | ||
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| 今、庭のチューリップが見頃となりました。アブラムシが発生してしまったので虫には悪いと思いつつ手で1つづつ取っています。おかげさまで綺麗に咲いています。 先日前橋で大切に育てた1000本あまりのチューリップなどの花が切り取られたというニュースが報じられていました。育てた人の心も、花の心も無残に切り取られてしまった気がします。世の中信じられないことが多すぎる、どうしてこうなってしまったのか、歎いてばかりはいられない。何か行動を、と思うがはたしてどうすべきか悩んでいます。どなたかいい考えはありませんか。 |
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| 4月4日 | ||
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| このところ楽天が7連勝をしている。「どうした!」という驚きの声も上がっている。野球ファンという程ではないが、何故かマー君と山崎選手が気になっている。テレビの中継はなし、ラジオも聞けず、ただ1日の終わりにプロ野球ニュースを見て幸福感に浸っている。この快進撃がどこまで続くかは分からないが応援をしている。 チームが一丸となって力を合わせている感じがテレビの画面から受け取れる。ガンバレ!! |
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| 3月27日 | ||
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| 桜の開花宣言がどんどんなされている中、今朝今年初のうぐいすの鳴き声を聞きました。冬の間庭でえさを食べていたのかどうかはわかりませんが、去年よりはかなりしっかりとした鳴き方になっています。 ぽかぽか陽気に誘われてのんびり外で日向ぼっこをしたいところですが、花粉症が酷くちょっとでも外に出ようものならくしゃみと鼻水に悩まされております。性格に反し、身体は意外にデリケートだったのかもね、とは友人の話です。何故か花粉症に悩まされない人からの言葉に、やや怒りを感じる私はまだまだ未熟者です。 |
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| 3月16日 | ||
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| 春本番の暖かさが続いており、このところ冬用のタイヤから通常のタイヤに戻す方が増えています。今月末になると桜も咲き始め心も不思議とウキウキしてきます。 春の陽気に誘われて散歩を楽しんでいます。のんびり歩いていると気分もリフレッシュできていいものです。8キロ程の散歩で足の痛さを感じる私にはとてもフルマラソンは無理なようです。 |
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| 3月1日 | ||
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| 2、3日前から目の痒みは感じていましたが、とうとうくしゃみが出はじめ、あげくに鼻水まで出るようになってしまいました。これからまた苦痛の日々が始まります。何もしたくない気分になり、思考が纏まらないのを花粉症のせいには出来ません。「精神がなっておらん!」と渇を入れられることのないようにがんばらねば。 | ||
| 2月1日 | ||
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| 自分ではあまりがむしゃらに生きているという感じはないのですが、ふと考えると朝から晩まで1つのことに拘って考えている時があります。そうなると、どうしても視野が狭くなりますから動きがとれなくなって状況はあまりいい結果をもたらしません。そんな時、「適当にがんばって」という言葉をいただきました。そのことばで急に心が軽くなり、そうだ、適当でいいんだ!と納得。いままで通りのちゃらんぽらんに戻ることができました。これが私らしさ、なぁ。周りにご迷惑がかからない程度のちゃらんぽらんで今年1年行こうと思います。 | ||
| 1月7日 | ||
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| お正月モードから通常の生活へとリセットしなければならないのですが、おめだい気分が当分抜けないような感じです。些細なことに心がウキウキしてみたり、普段の暮らしの中で新しい発見があったりと、今までにはない自分と向き合っています。これがいい方向に向かって行くことを願ってはおりますが、果たしてどうなるかは謎です。 雪道がすべり易いということは知っていましたが、落ち葉が雨などで湿っている時もすべり易いということを、初めて知りました。転びはしませんでしたが、おもいっきり足が開いた状態で止まることが出来ました。皆さまもこの季節足元にはお気をつけください。 |
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| 1月1日 | ||
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| 明けましておめでとうございます。 年が変わる感覚が年を経るにつれて薄れていくように感じていますが、やはりお正月の行事は大事に守っていきたいものです。 このところ妙に慌しく生き急いでいた感じがありますので、ここらあたりで、今年は、なりゆきに任せのんびりと過ごしてみようか、などと考えております。さて、どんな年になりますことか……。 皆さまが佳い1年を過ごされることを祈ってホームページをやって参ります。 相変わらずのお付き合いを、今年も宜しくお願いいたします。 |
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| 2007年 | ||
| 12月22日 | ||
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| 昨日は冬至。融通がよくなるようにとの願いを込めて穴八幡神社でお札をいただいてきた。雨がぱらつく寒い日となったが、冬至、大安、土曜日が重なって11時に行った時点で道路は歩行者専用道路となり、人の列は早稲田大学戸山キャンパスと学習院女子大の境あたりまで並んでいた。並ぶこと2時間30分、寒さに耐えやっとお札をいただいた。こんなにすごい人が集まってくるとは知らなかった。きっとご利益はあるだろう、とは周りの方の声。ご利益があるかどうかはさておき、長時間並んで福を得ようという気持ちのあり様がこれから始まる新しい一年への区切りになるのかもしれない。さてもお寺にしても神社にしてもお参りをするには健康が大事。元気があってこそ何事も成る、そんなことをふと思い、さてはどのような年になるかを密かに楽しみにしている。 皆様、佳いお年をお迎えください。 |
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| 12月8日 | ||
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| 部屋の窓から外を見ると、雪が舞っている。青空なのに、何故。よく見ればそれは雪ではなく、ゆきむしであった。子供の頃はよく追いかけて遊んだけれど、出合ったのは本当に久ぶりである。 暫し、ボーっと見ていたけれど、虫は風に身を任せて飛んでいるのかと思っていたが、すごい勢いで羽を動かしている。優雅にさえ見えるその動きも必死な感じさえある。 小さな虫の生き方に、ふと自分を重ねてみると、くだらないことにこだわっていないでがんばらなければと思う。滅多に会うことのない虫のご縁に感謝している。そして自然に向き合う心の余裕を持ち続けていきたいものである。 |
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| 11月15日 | ||
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| 暫く更新をせずに申し訳ございませんでした。お休みをいただいている間に、ありがたいお言葉を沢山いただきました。この11月でこのホームページも8年目となります。いろいろありましたが、今では全てがは佳いことになっているのではないかと思います。これからも淡々と自然に、そしてあるがままにやらせていただくつもりでおります。 ご迷惑をおかけすることも多いかと思いますが、今後とも宜しくお願いいたします。 今年も残すところあと少し。佳い年で終わるためにも、ラストスパートをかけます。 |
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| 10月20日 | ||
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| 紅葉のニュースとともに白鳥の飛来も伝えられています。川で羽を休めている姿はとても優雅ですが、田圃の中かで餌を食べている姿はかなりイメージから外れてしまいます。以前はパンの耳など人の手で餌をあげていましたが、この頃は自然の中で生きていくためには、人の手を介してはいけないだろうということで、農家の方の協力もあって田圃の中にお米を放置したままにしているそうです。そういう事情から、白鳥は昼間は近くの田圃を歩き回っている訳です。来年春までの無事に過ごして欲しいと思います。そして来年も元気な姿を見せて欲しいです。 18日には、いわき市で保護された「レッドデータブックふくしま1」で準絶滅危惧に指定されている渡り鳥「サシバ」が沖縄市の動物園「こどもの国」に引き渡されました。福島県鳥類保護センターと「こどもの国」が協力して来年の春に放鳥を目指すそうです。保護センターをかごに入れられ出発する時のサシバの目と所長さんの「福島までまた戻ってきて欲しい。福島でなくとも近くまで戻って来てくれたら嬉しいです」。という言葉が印象的でした。 |
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| 10月1日 | ||
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| 先日、ちょと遠くまで出かけた帰り道、夜にはなっていましたが、それなりの交通量の国道でのこと。対向車がふと切れた時に車の前を横切る動物が見えました。一匹は道路を横切ってしまっていて、もう一匹がその後を追いかけてきたのでしょうが、たぶん車のライトに驚いたのでしょう。道路の中央でふと立ち止っていました。今考えれば、それは、ほんの一瞬だったのでしょうが、ブレーキを踏んで速度を落とし、渡りきるのを待ってからまた走り出しました。2匹の親子たぬき?は無事に山に帰って行ったと思います。後ろの車との車間距離は十分ありましたので、車も無事。本当に何事もなくよかったです。よく高速道路などに動物注意の標識を見たことはありますが、皆様も夜間の運転には十分お気をつけください。 | ||
| 9月22日 | ||
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| 先日、新宿高島屋で開催中の「風・水・光 和楽な露地三人展」を見てきました。「和」の感性を千住博氏・湯浅法子氏・内田繁氏のそれぞれ作品から受けとって、これからの日常生活に何らかのヒントになるよう構成されていました。愛庵、想庵、行庵は実際に中に入って鑑賞することが出来るのですが、どうも私はそこに入ると侘びさびというよりも鳥かごにはいった豚のように感じてしまうのは感性がないのかも、しれません。ただ光がもたらしてくれる癒しを少しは感じましたので、実際生活に応用してみたいものです。 展示会とは全く関係ないのですが、帰りのエレベーターで偶々途中の階からベビーカー乗った1歳位の男の子とママと一緒になりました。ふと男の子を見ると、片方の目から大粒の涙がポロリと落ちました。思わず「大きな涙がポロリ」言ったのですが、ママによると、やっと今泣き止んだそうです。何が哀しくて泣いていたのかは分かりませんが、大きな涙がスローモーションのように落ちたことが、不思議と気になりました。純粋のようで、また真珠の涙のように見えたからかもしれませんが。そんな涙を流したのはいつのころだったのだろうか。遥か昔のことのような、、、、、、。 |
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| 9月12日 | ||
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| 暑いを連発していたことがうそのように過ごし易い日になってきました。うだるような暑さも今となってみれば懐かしく感じるから人というのはいい加減なものです。秋の気配を様々なところで感じるようになりましたが、夜虫の鳴き声を聞くとなおさら秋が増してくる感じです。 そう云えばもうじき十五夜です。中国式でいけば月餅もあるし、ぎょうざをお月見に食べるところもあるとか、、、、、。何はともあれ、お月見だんごはどこにしようかと考えています。やはりまだまだ色気より食気です。 |
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| 9月6日 | ||
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| 先日、ある代金を郵便局から振込んだのですが、あわてものの私、家に着いてからその振込んだ際の領収書を持ってくるのを忘れたことに気がつきました。控えがないと、払っていないですって言われたら困るし、それに私の住所とかも書いてある。うわ〜、どうしよう。今から戻っても取りに行っても、無くなっているだろうし、、、、、。とにかく郵便局に電話が早い。ということで事情を説明したところ、ATMは取り忘れがあった際は、警報が鳴ってその後に機械にその控えは自動的に取り込まれるシステムになっているので、別の人が持って帰るということはない、という返事をいただきました。そして、機械にはその振込み用紙が入っているので翌日ならお渡しできるとのこと。まずは、ひと安心です。 早速、翌日の朝一番にお電話をいただき、控えはあったそうです。取りに行きますと云いましたら、送ってくださるとのこと。なんとまぁ親切な対応に感謝いたしました。 あわてものの私ですので、これからは充分気をつけます。私のドジに温かい手を差し伸べてくださった皆様、ありがとうございました。 |
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| 8月19日 | ||
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| 昨日の雨で猛暑がやっと一服したようです。思考が回らないのを暑さのせいにしてだらだらした日々を過ごしていましたが、このあたりで気合いを入れてがんばらないといけないようです。 ところで、過ごし易いと感じた時に夏バテがくるそうです。皆様、くれぐれもお気をつけください。 16日のNHKで放送された「京都 五山送り火」を見て伝統とは、陰で支える人達がいてこそ受け継がれていくものであるとあらためて感じました。松明を持って必死で険しい山道を走る姿は、見るものに感謝の気持ちを与えます。皆で力を合わせてことを成すというのは、やはり素晴らしいものです。私も足に自信があったらやってみたいのですが……。 |
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| 8月8日 | ||
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| 暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしですか。言っても涼しくはならないと分かっていながらも、暑い〜、暑い〜とことあるごとに半ば絶叫しています。 先日、東京藝術大学大学美術館で開催中の「金毘羅宮 書院の美」を観て来ました。若冲の観察眼の素晴らしさを感じ、自分が金毘羅宮の書院に居るかのように空間を愉しめた展覧会でした。 作品の中には、壁に描かれているなど、移動することができない所は複写と表示されていました。デジカメで撮影したものをプリントアウトして貼り付けたそうです。場所が場所だけに学生さんが手で描いたと思うのは私だけで、日本の技術はどんどん進歩しているようです。 |
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| 7月27日 | ||
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| 古代蓮が綺麗に咲いているとの話を聞き、出かけたところ、蓮の花は早朝か午前中でなければ見れないとのこと。雰囲気だけで帰ってきました。想像での楽しみもまたそれなりにいいかもしれないですね。また来年蓮の花に会いに行こうかと思っています。 | ||
| 7月20日 | ||
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| この前の朝顔の続きです。一向に蔓が伸びないと心配していたところ、このところ急に伸び始め、今では屋根まで届きました。台風の雨にも屈することなく、蝸牛の襲撃をうまくかわし、ちなみにこれは人の手を借りたものですが。ご近所の朝顔が咲いているのに、焦る様子もなく、これは何とはなく自分に似ているのかもしれないと、今では変な愛情を感じています。まだ花は咲きそうにありませんが、楽しみはちょっと先にというところでしょうか。うわさによると花が咲かずに終わるということもあるとか。やっぱり心配は続きそうです。 | ||
| 7月3日 | ||
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| 知り合いの方に、ふとしたことから朝顔の苗を頂いた。小学校以来の育ち方を観測している。成長はとても早く蔓をどんどん伸ばしている。声をかけると元気に大きくなるそうなので、毎朝欠かさず声はかけている。この先どのような花を咲かせてくれるのか楽しみにしている。朝顔観測のついでに蝶のサナギを見つけた。枝と同化していたサナギは、今朝飛び立っていったようである。 今まで気に止めていなかったことが、ふと気づくのは、心境の変化なのかどうかは、自分でも分からない。刻々と変化をしているのが人。やっぱりね、と変に自分で納得している。 |
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| 6月21日 | ||
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| 先日コンビニでのこと。レジでお金を払い終えたところ、「ペットボトルが当たりました」と言われ、状況が分からずにポカンとしていたら、レシートに当たりが出るといただけるそうである。たかがペットボトルとは言え、当たれば嬉しいものである。その日一日は、なんとはなしに、うきうきしていたように思う。なんとまあ、単純なのかと思いつつ、またこんなささやかな当たりがあったらいいのに、と思っている、今日この頃である。 | ||
| 5月25日 | ||
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| わが家の外猫くんは、今年の春は縄張り争いが相当激しかったらしく、傷が絶えることがなかった。そろそろ収まったかも…と思っていた矢先。またしても今日、傷だらけになって帰ってきた。家族全員に何度同じことをすれば気が済むのかとさんざん説教され、申し訳なさそうにうなだれている姿が反省しているかのようである。彼にとっては、争うというのも本能なのだから仕方がないのだろうけど、命だけは大事にして欲しいと思っている。心配している人の気持ちは伝わっているのであろうか? ひとしきり甘えた後、また元気に出かけて行った。彼なりの生き方であるのだからそっと見守ってあげようと思っている。 そんな時、新潮社の「考える人」のメールマガジンで編集長が猫について書かれていた。読んでいてジーンとくるものがあった。宜しかったら皆さんもどうぞ読んでみてください。 うめ その1/うめ その2 |
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| 5月8日 | ||
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| 小雨の中、見頃はとうに過ぎてしまったけれど桜に会いに出かけた。どうも観るというよりは会うという方が桜には合うような気がしている。花が咲き始めるころから人はやってくるが、桜吹雪になるころから訪れる人は少なくなり、葉桜になると、もう人はほとんど見かけなくなる。新しい命を得たかのように葉が芽吹く姿には樹の生命力を感じる。根を張ったその姿は揺るぎない心を表しているかのよう。桜になりたいなどと、ぼんやり桜の枝を見ている私は人から見るとやはり変わって見えるのかもしれない。 | ||
| 4月9日 | ||
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「無」になれ!と云われても、やはりなかなか自我というものふっきることは難しいと感じている。誰かの為に何かをす るとしても誰かの為ではなく、自分の為になってしまうと懼れ。自分が良かれと思ってしたことが、実は相手にすれば親切の押し売りだったり。自分を抜きに考えていたとしても、そこにはどうしても自分が存在してしまう。自分はいなくならないのである。人は百人いれば百筋の捉え方があるのだから仕方がないのかもしれない、と自分を納得させることもある。先日いただいた写真を見て考えたこと。たぶん亀は水の中に誤って落ちてしまったねずみを助けようとして、そこにいたのではないかもしれない。ねずみも亀に助けてもらおうと思って必死になって甲羅の上に這い上がって行ったのではないかもしれない。しかし結果として、ねずみは命が助かった訳であるし、亀の無意識の行動が功を奏したのである。 お互いの「無」が共時性を持ち、その様子をみる人に、心がほっとする不思議な感覚を与えてくれる。私にはちょっと無理だろうけど、亀のような生き方に憧れる。諦めずにがんばろうっと。 (写真は山脇さんです) |
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| 3月25日 | ||
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| 川井玉堂展を見てきました。軸物は全くダメな方ですが、試行錯誤をしながらも自分なりの作風をひたすら追い求めた頑固な方だったのではいかと感じました。でも色や筆の感じからすると優しいお人柄が垣間見れました。自分をそれに賭けて打ち込める方は素敵です。画もさることながら俳句がとっても素晴らしかったです。句自体もそして書かれた文字もです。漢字が読めない上にくずされた字なのでますます読めずに四苦八苦。でもいいものを見た後は、不思議と心が和みます。会場に来ていた方のお話だと、俳句の世界でもとても有名な方だそうです。もしかしたら知らないのは私だけだったのかもしれません。 | ||
| 3月14日 | ||
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| 全日空機が高知空港で胴体着陸をしたことを、昨日のニュースで知った。マニュアル通リの操縦は完璧だったそうである。航空評論家によると、当然訓練は行なっているが、日頃から操縦に対してどうあるべきかという気持ちのあり方が、今回かなり反映されたのではないかと話していた。約2時間の恐怖は相当なものであったと思う。乗員、乗客60名の方が無事であったのは何よりである。 危機回避というのは、意識のあり方が重要なのであろう。そこにはマニュアルだけではない、人のこころが存在するということを痛切に感じた。 |
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| 3月10日 | ||
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| 千住博氏とダニエル・オスト氏の作品を見て来た。花の建築家と称されるダニエル・オスト氏の作品完璧に作られた作品だあるから、自然を自然のままに風流を味わう世界とは全く別のものであるが、オブジェとして空間を創造するものとしてはおすすめの作品ではないかと思う。 アイスフラワーを以前いただいたことがあったが、ベルギーが始まりであったとは知らなかった。私にとってベルギーと云えば、チョコレート。どうも食べる方に興味が行ってしまう。 日本には日本の生け花のスタイルがある。イギリスにはイギリスの、フランスにはフランスの花の生け方があるだろうが、国は違っても花を愛する気持ちに変わりはないように思う。せっかくだから、穏やかな気持ちで花を愛でたいものである。 |
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| 3月9日 | ||
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| 3月9日と云えば、サンキューから「ありがとうの日」となっているそうである。毎日が何の日となっているのでこれといって新鮮な感じはないと思う。 ただ、肩肘はってちょっと素直に物事を受け取れないところがある私にとっては、なかなか「ありがとう」と言うことは難しい。この年齢で恥ずかしいという年頃でもないが、何故か心に思っているにも関わらず、「ありがとう」の言葉がでてこない。困ったものである。とりあえず、今日だけでも「ありがとう」と感謝の気持ちを表したい。日頃聞き慣れていない言われた相手が驚いてしまうのが心配だが、がんばってみようかと思う。 |
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| 2月26日 | ||
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| もうじき春だというのに冬の話で申し訳ないが、炭瓢なるものの存在を初めて知った。それは冬の季語にもなっているとか。持ち手の付いた瓢箪はくりぬいて炭を入れておくものだそうだが、炭が入っているのを見た途端、私は持ち運びに便利な火鉢だと思ってしまった。確かに言われればその中に火が付いた炭を入れれば燃えてしまうのは当然なことだが、見た感じからそう思ってしまったのだから仕方がない。これがおっちょこちょいと言われるゆえんなのであるが……。 実際手に取ってみれば、とても軽いし使い勝手は良さそうである。インテリアとしてもなかなか粋なものだし、日本の昔の人の生活の智恵とは本当に素晴らしいものがある。いまの生活にもそんな伝統工芸品を活かしていけたら、などと思っている。 |
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| 2月11日 | ||
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| 現在、相当な数のフリーペーパーが発行されている。駅やお店に行くと置いてある。タダなものだから内容もたいしたことはないであろうなとど、半信半疑で見てみるとこれが案外内容もしっかりしている上にお得な情報もあったりで、ただでは申し訳ないと思う程である。 ホームページであるフリーペーパーの紹介をしようかと思ったが、街で見かけて興味のある方に手に取ってもらい、読んでいただきたいというコンセプトで刊行されているとのこと。何でも情報はあった方がいいのではないかと思う私にとっては、認識を新たにすることであった。多くのご縁で読んでいただくことを願っている。いろいろな人の想いがあってできたものであるから、尚更である。 |
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| 2月4日 | ||
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| 昨日は節分ということで、恒例の豆まき。年の数だけ豆を食べないといけないわけで、いくら豆がすきとはいえなかなか食べれるものではない。年毎にその数は増えていくのだから……、114歳になったらどうなるのだろう。鰯も頭を使った後は、食卓に並ぶわけであるが、どうも鰯というか魚は苦手である。まず、焼いている時の臭いがいけない。一気に食欲が無くなる。お皿の上の姿もよくないんだろうとは思う。かくいうもしや私の先祖は「鬼」かもしれない。鬼も逃げるという鰯。そう思えば妙に納得してしまうのである。 | ||
| 2月2日 | ||
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| 長年愛用の黄楊櫛が折れてしまった為、新しいのを求めに出かけた。まず、櫛は髪の長さによって櫛の目の幅というものがあり、短い髪を解くときは細かいもの、長さに応じて櫛の目の幅が広くなるそうである。以前私が使っていたものでは、その重さにとても耐えられなかった為に折れてしまったそうである。今回のは目のあらいものにし、手入れの仕方も丁寧に教えてくださったので大事に使っていきたいと思っている。余談ではあるが、普通に使えば数十年は持つとのこと。まずは使い方次第である。職人気質というものは粋でいいものである。ひとつのことを追求している姿はやはり輝きをもって人を惹きつけるものである。 | ||
| 1月25日 | ||
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| メイルは便利で今の生活には欠かせないものであるが、時に必要に応じて封書でお手紙を書く機会がある。昨日もお礼の気持ちを込めて出した手紙であったが、翌日の午前中に手紙を受け取ったというお電話をいただいた。なにせ、投函したのが夕方の5時、連絡がきたのが翌日の10時となれば、驚くのも当然であろう。今の郵便事情を身近に感じた出来事である。さても、荷物を届けるために夜中に働いている方がいるということ、手紙一つでも感謝の気持ちで受け取らなければならばいと思う。 |
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| 1月21日 | ||
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| 「週刊朝日」に連載の愛でたい文庫で『まわりみち極楽論』の書評を読んでから、温水さおりさんの文章がとても気になっている。書評なのであるが、単なる書評に止まらす、その中に評者としての姿が垣間見える。その文章がなぜかドラマ仕立てになってくる。イメージが膨らむ小気味よい切り口になっている。 書評というもの、まずは読んでもらうためのものと思っていたが、ともかく違う。独自の<世界をかもちだすその言葉遣いに、これからも注目していきたいと思っている。 |
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| 1月17日 | ||
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| メイルのやりとりはどうしても連絡に便利ということもあり、事務的になってしまうことが多い。へたをすれば全く感情がなく冷たい感じで終わってしまう。 このところ、単なるメイルといってもやはりそこには人の顔が垣間見えるということが分かってきた。先日いただいたメイルは、あまりにも勇気づけられ、その方の想いが真っ直ぐ伝わったように思う。 私もこれから単なる事務的なメイルであっても、なんとなく顔がわかるメイルを書いて行きたい。そしてそのメイルから日頃の私がイメージできるようになったら最高なのであるが、文才のない私にはちょっと高望みかもしれない。 |
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| 1月14日 | ||
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| 16日に第136回芥川賞・直木賞の発表が行なわれる。今回は盛り上がりにやや欠ける気もするが、恒例の受賞予想をということで、芥川賞は佐川光晴氏の「家族の肖像」、直木賞は白石一文氏の『どれくらいの愛情』とした。 受賞作を一応読んではみるものの、これは!というものになかなか出会うことがないような気がする。 本とのご縁も人とのご縁と同じように、なかなかうまくいかない。うまくいかないからこそ、納得のいく本を求めてさすらうのかもしれない。 久ぶりに『水の舳先』を読んでみようかと思う。私が一番好きな作品で、読むたびにその本のイメージは変わっていくが、今回はどのようになるか、楽しみである。音が聴こえてくるのが私流の読み方ではあるが……。 |
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| 1月1日 | ||
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| あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。 お正月には今まで読むことが出来ずに山積みになっている本を片っ端から読んでみるつもりでおります。 今年こそは落ち着いて凛とした雰囲気をもっていけたら……、などと思いつつ、やはりなるようにしかならない日々を過ごして行きそうな気もしています。 以前「色即是空」というエッセーでコラボレートをした竹内敏信氏の写真展が開催されています。お時間がございましたらお立ち寄りください。宜しくお願いいたします。 ●「日本列島」キャノンSタワー1F キャノンギャラリーS 1/5(金)〜2/19(月) ●「冬の欧羅巴」フォトガラリーキタムラ 1/4(木)〜1/17(水) ●「天地」ギャラリー円月 1/4(木)〜1/30(火) ●「一本櫻饗宴」快晴堂フォトサロン 1/5(金)〜1/31(水) |
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| これまでの日々雑言 |