滝桜ファミリー


 タイトルを見てすぐに想像するのは、おそらく子孫木のことではないだろうか。震災以前に世界中に約三千本あるとされた滝桜の子孫木は、その後も増え続けている。」いま思い浮かぶだけでも、たとえばオーストリアの指揮者カラヤンの自宅やお墓、ポーランドはクラクフのマンガミュージアム(日本美術技術博物館)の中庭、震災後も国内はもとよりブータン、スイスなどにも植樹された。しかし私がここで申し上げるファミリーとは、そういう意味ではない。
 じつは滝桜は、数十年前には根元に空いた大きな洞から、子供ならば最初の枝分かれ地点までするする昇っていけたらしい。地元のお年寄りは口々にその経験を語り、洞がいかに大きいかったかを思い起こすのである。
 ところで今は、洞は途中で塞がってしまい、おそらくネズミでも上に上がることは不可能だ。いったい何が起きたのか、というと、洞の内側から赤くひょろひょろ生えている「不定根」が原因である。
 不定根は、ガジュマルなどでよく知られるが、主根や側根以外で植物が生き残るために幹や茎などから生やす根のことだ。滝桜の洞の内側には無数の不定根が生えており、これが地面まで伸びると一気に太く育っていく。そして何本もの太った不定根が、ついには大きな洞を埋めてしまったのである。
 なんだか、独りでは立ちにくいお年寄りを、若い子孫たちが何人も集まり、支えているように思えないだろうか。
 もともと桜は、今年伸びた花芽だけに花が開く、花はどの木の花も、一様に幼いのである。一方で、ごつごつした幹には先祖も含めた幾世代もの細胞が息づいている。してみると、滝桜一本のなかにじつは多世代のファミリーが同居しているということなのだ。
 私は最近、法要のときなどに滝桜の不定根の話をする。お爺ちゃん(お婆ちゃん)は亡くなったけれど、それによってできた心の洞が、孫や曾孫という元気が不定根によって埋まりつつある。ついにそんなことを期待してしまうのだろう。
 ファミリーの捉え方は国により時代により様々だが、こうして老若多世代が同じからだを共有する滝桜ファミリーは、今後も末永く生き続けそうである。

「ミセズ」2020年4月号