うゐの奥山 その六拾四

 こころの好縁会



 正確には覚えていないがおそらくここ数年以上、「こころの好縁会」と銘打った講演や対談の催しに毎年招かれている。主催が岐阜県の大興寺さんと中日新聞社であるため、これまでは中部地方で開催されることが多かった。岐阜市、名古屋市、浜松市などである。
 私のほかに姜尚中氏やロバート・キャンベル氏などが講演し、第二部では中日新聞社の小出宣昭氏の司会で鼎談、というのがお定まりの流れだった。そういえば岐阜県知事の吉田肇氏と「清流」について話したこともあった。回を重ねるうちにたまたま東日本大震災が起こり、会場には私の住む福島県三春町から物産を運んで販売もさせていただくようになった。また中日新聞社には福島県内の子供若者を支援する「たまきはる福島基金」(小生が理事長)に継続的に多大なご支援をいただいている。このコラムのご縁の広がりと深まりに驚くばかりである。
 さて今年は、東日本大震災は一段落ということか。去年大きな震災に見舞われた熊本に行こうということになった。たまたま姜尚中さんは昨年一月から熊本県立劇場の館長兼理事長に就いている。そこで大興寺さんがまさに東奔西走、県立劇場での講演と対談が実現したのである。いつもなら入場料をいただきのだが、今回の開催は被災地ど真ん中。入場は無料、しかもうちのお寺の檀家さんである「かんのや」さんの御協力で銘菓「家伝ゆべし」を聴衆全員にお持ち帰りいただけた。私の講演よりそちらを喜んだ方もいたはずである。
 それはともかく、本当に偶々なのだが、これまで私は熊本県にだけは講演でお邪魔したことがなかった。以前ご依頼はあったものの日程が折り合わず、今回が初めての熊本入りだった。これも鈴木大拙館で出逢った姜尚中さんや大興寺さんとの不思議なご縁だと思う。
 羽田で強風と豪雨のため飛行機が飛ばないと言われたときはヒヤリとしたが、一時間遅れで無事離陸。しかも同じ飛行機に乗った姜さんと機内で話していたら、私の席の近くの方が「姜さん、席替わりましょうか」と言ってくれた。おかげで姜さんと私は通路を挟んで隣り合い、いろいろ話したりそれぞれ本を読んだり、充実のフライト時間を過ごすことができたのである。
 翌日の講演の演題は「火山列島での生き方」だったが、ここでは熊本に行ってみての感想を申し上げておこう。その晩、姜さんにご案内いただいた「もつ鍋」の「大山」、翌晩の「城見櫓」の豪華料理も素晴らしかったが、やはり今に残る最大の印象は熊本城と阿蘇の広大な景色である。
 熊本城は、「城見櫓」六階の迎賓庵から正面に見えた。天守閣は工事用の部材で掩われ、両側に高いクレーンが立っていて痛々しかったが、朝散策してみるとまず加藤清正公の築城とされる遺構の広大さに圧倒された。街の中央にあれほどの「虚」の空間があり、しかもそれを守り伝えようとする人々がいる、なんという豊かさなのだろう。八百年、千年と言われる楠の古木にも感動した。
 また楼門と拝殿が倒壊した阿蘇神社は悲痛だったが、そこへ向かう道中の景色は異界に見えた。「火の国」阿蘇の巨大な噴火は九州中央部全体を火砕流で覆い、樹木が生えにくいのだが、「カルデラ壁」がかりか周辺の山裾も草原のまま保たれている。青々とした草ばかりの山々がじつに不思議で美しいのだった。
 手のつけられない圧倒的な自然の力、そしてそこに熊本城や阿蘇神社という巨大な構築物を造り上げた人々の雄々しさ。今回はその双方を強烈に感じる「好縁会」だったのである。


                                  東京新聞  2017年8月13日