「一石二鳥とか「三鳥」という表現がある。もともと狙っていたのは一羽の鳥だが、石を投げてみたら二羽か三羽飛び立ち、それが罠にかかって喜んでいるというのだろう。
 三月十一日以後、福島第一原子力発電所で起こっていることは、一石どころか無数のつぶてが次々に県民に投げつけられているよなものだ。放射能のつぶては、痛くも痒くもないし、色も形もない。しかし約一万人の子どもたちが森の外(県外)に出ていってしまい、二十三の学校が閉校に追い込まれた。鳥たちは飛びたったまま、いつ戻るとも知れないのである。
 寂しい森のなかに佇み、それでもわたしたちは珍しい鳥がいるのではないかと目をこらす。放射能のつぶてを投げこまれたことではじめて姿を現す珍しい鳥が、いるのではないか……。
 一羽めはわりと簡単に見つかった。「新エネルギー特区」という特別大きな鳥で、とっく、とっくと誇らしげに鳴く。それは復興構想会議でもかなり早い時期に提言された。もう、あんな施設はうんざりだ。誰もがそう思っていたから、すんなり認められたのである。
 しかしこの鳥、またどうやら離鳥のようだ。長い目で育てていかなくてはなるまい。風力、太陽光、水力、地熱、自然からいただけるエネルギーには自然を損なう側面もあるけど、まだまだ無限の可能性がある。
 森のなかに目をこらしつつ歩いていると、多くのひとびとに逢った。わたしは逢うひとごとにあの離鳥のことを話した。しかし皆、感心はするもののあまり歓喜雀躍(じやくやく)というふうではない。よく話を聞いてみると、皆このままこの森に居続けることに不安を感じているようだった。
 あるひとは外出を控えているうちに血圧が30も高くなったといい、またあるひとはとにかく子どもたちが心配なのだと哀しそうな顔でいう。つぶてが飛んできたころは、帽子やマスク、腕カバーまでさせて学校に通わせた。いまはそれは無用になったけれど、逆に落ちたつぶてから放射される放射線はそんなものでは防ぎようがない。このくらいの線量だとどういう影響があり、どういう対策をとるべきかもわからず、とにかく「いま」が不安だというのである。
 母たちの、子どもの環境に寄せる不安には際限がなかった。校庭の基準値を下げるよう国に訴え、認められずに今度は市長にかけあい、ついに校庭の表土を削らせ、その費用は国がもつことになった。
「それほど不安なら、この森を出ていくしかないじゃないか」
 うしろのほうから暗い声が響いた。ことしも例年のように稲を作付けした農家のおじいさんだった。売れるかどうかわからなくとも、いまから生き方は変えられねぇよ。そういって田植えしていた姿を、皆覚えている。
 わたしのすぐ前にすわった若い母親と、うしろのおじいさんとのあいだに鋭い空気が走った。あいだにいるひとびとも皆圧し黙った。しばらくして、もうひとりの若い母親がいった。
「森から出たら、暮らせなくなるし……、それに……」
 誰もが次の言葉を待ったけれど、沈黙がつづき、風が吹いた。
 うしろのほうからエプロンをしたままのおばあちゃんが口を開いた。
「いまここに居るってことは、あんたたちだってこの森が好きなんだろ」
 また風が吹き、放射能をふくんだ風のなかで、それでも大勢のひとびとがうなずいていた。
 春には梅、桃、桜が一斉に花咲き、それゆえ「三春」と呼ばれるこの町が、みんな好きなのだ。花が終われば山菜採りを楽しみ、秋にはキノコ取りに山に入る。しばらく皆が町のよさをいい合っていると、見慣れない男が急に中ほどで立ちあがって話しだした。
「ぼく、いやぼくたちが詳しく調べますよ」
 それは東北大学から来ていた若い研究者だった。
「皆さんに安心していただけるように、子どもたちにも安心できる町にしましょう。まずはとにかく詳しいモニタリングです」
 天然パーマにめがねの彼は、聞けばアメリカの大学で放射線研究の博士号を持ち帰っている。話を聞くうちに皆彼の熱意に染まり、明るい気持ちになってきた。子どもたちにOSL線量計(数字の見えない累積線量計)を付けてもらい、毎月の積算量を記録することも彼の発案である。しかもそのプロジェクトを、この地により深く根を生やそうという意味で「実生(みしよう)」と名づけた。彼は天然記念物の桜の種から苗を育てる桜守のおじいさんのテレビに感動し、この町に来ていたのである。
 それまで静かにわたしの横にすわっていた町の町長と副町長がうなずきあい、それから副町長が立ちあがっていった。
「やりましょう、それ。土壌の除染については、町も最善を尽くします」
 こうして小さな町の「実生プロジェクト」は立ちあがった。小さな風のようなこの動きが、森じゅうにうねりながら広がっていくことをわたしたちは願っている。
 一方で復興構想会議では、この森ぜんたいを「医療。研究特区」にしたいというわたしの提案も認められた。被曝が心配なら福島県に行こう。ガンや白血病ばかりでなく、あらゆる成人病治療のメッカとして福島を甦らせたい。いや、そうしなくてはならないと思う。
 放射線量の高いこの森ならではの二羽目の鳥がようやく見つかった。生まれたばかりのこの鳥は、「メッカ、メッカ」と明るい声で鳴く。
 

 
 
「エネシフジャパン」