このところ、ラジオとのおつきあいが多かった。
 東日本大震災以後、「ラジオ深夜便」への生出演があり、日本放送の番組出演があり、また地域コミュニティ・ラジオ局「ココラジ」にも収録出演し。つい最近はお盆に放送予定のFM東京の番組も、お寺で無事に収録を終えた。
 もともとラジオは好きで、今もそれは変わらないのだが、どうしてなのかと、今回あらためて考えてみた。
 簡単に言ってしまうと、スタッフの違いが大きい。ラジオのスタッフは、テレビの場合に比べると、格段に職人気質が強い。「とにかく音を録る」ことに徹しており、その真剣さが、他のことをあまり気にしないという形で、激しく伝わってくるのである。
 そこに画像が加わると、むろん情報は豊かになるのだが、録るほうにも録られるほうにも油断が生まれる。いや、油断というより、時間を埋めるために不要な画像さえわざわざ加えることもある。いわば、余計な情報が入りすぎて、主張が薄まってしまうのである。
 人間には、見たいものを選択的に見る能力はないが、聞くことに関しては常に選択作用がはたらいている。耳に入ってくる音を、まったく意識しないこともできるし、逆にどんな大きな雑音のなかでも聞きたい音は聞き分けることができる。
 避難所の暗闇に、誰かが点けたラジオからの声が響く。それはまるで、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のように、遥かな安らぎの世界を想わせる希望の音だったと、回顧した人がいる。
 たったいま、こうして無事に声を流している人々が確かにいる。地方局の場合は、特にそれが遠くないところに居る。そう思うだけで、大袈裟に言えば、生きていこうと思ったというのである。
 私はほぼ二年ほど、ラジオ福島で毎週五分あまりの番組枠をいただいている。そのお相手の深野健司アナウンサーは、三月十一日の地震の瞬間、生出演中だった、むろんスタジオは、機材も落ちるほどに大揺れだった。しかし深野さんはとにかく地震、そして津波の際の注意事項を的確に話しつづけた。その注意に促されて危機を回避した人も、おそらく大勢いただろうと思う。
 きっと深野さん自身も、マイクを離さなかったからこそこに居ることができたのだろう。自分で発した音速の言葉が、かろうじて自分の安心をもつくっていたのではないだろうか。
 荒涼たる視界。みたことのない景色。殊に津波の最中や浚われたあとの映像にはあらゆる言葉が奪われてしまった。これまで使ってきた脳内のソフトが役立たないのだ。「悲しい」も「苦しい」も、やはり違うと感じた。しかしテレビのアナウンサーたちは、いまや全く記憶に残っていない言葉を、ずっと画像に重ねて発しつづけていたのだろう。
 しかしラジオから届く音は、画像に振り回されず、また音速を忠実に守るからこそ思考そのものになる。我々はたぶん、音速で思考しているのだろう。起こったことじたいではなく、ラジオから聞き取っているのは人間の思考なのだ。何も考えられず、「悲しい」のか「苦しい」のかも判らない人々の耳に、その音はやがて人間としての音速の思考を促すのである。
 音楽もラジオから流れると、より想像力を喚起されるように思う。いたずらな映像がないから、いきおい自分の過去を遡ってリンクする思い出を求めてしまうのだろう。
 そして我々は、たぶん知っているのだ。ラジオが我々の想像力を、とことん信じようとしていることを……。 

 
 
「てんとう虫」2011September