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よく地図で見かける田圃マークは、刈り取りが済んだ田圃の風景からデザインされている。短い二本の縦線がちょこちょこと垂直に立っているアレである。
日本の地図帳には田圃と畑が区別して示され、また果樹園や桑畑にも別な記号がある。畑は野菜の双葉をデザインした「V」字、果樹園はリンゴの形で、桑畑は桑の木を横から見た形だそうだ。
ほかにも広葉樹と針葉樹は別な記号だし、這い松とヤシ科植物には特別な記号がある。二万五千分の一の地図を見ているとそんな記号がたくさん出ていて面白い。
この地図記号、昔は作った人によって同じものでも違った形で示されることがあったらしいが、一九八六年に国土地理院によって統一された。意外な新しさに驚いてしまう。
田圃マークで示されるのは水田だけかというと、同じような状態で作られるイ草や山葵なども同じ記号になる。また二毛作で水田のあとに畑として使う場合でも、田圃マークで示すようだ。
田圃マークと似ているのが荒れ地の記号である。田圃は二本だが、荒れ地は三本線で雑草をデザインしている。似てはいるが、内実はまったく違うのである。
しかし最近は減反政策のせいか、この田圃と荒れ地の中間のような状態の土地もよく見かける。こんな場所はどんな記号で示すのだろう。
田圃マークの元になった冬の景色はじつに豊かな感じがする。
むろん田植えや稲刈りのとき、あるいは真夏の鬱蒼とした田圃も豊かだが、ちょぼちょぼと稲の株跡だけが残っているのを見ると、季節の到来を静かに待つ、その「待つ」という豊かさを感じるのだ。
昔は、「冬は寝食いだから」などと言った。つまり冬の農作業といえば縄綯いなど屋内の仕事だけになるから、ほとんど寝て食うだけで過ごすというのである。
しばらく使わないで鋤鍬は冷たい川の水で綺麗に洗った。その水と、洗って立てかけた鋤の象形で作った文字が「浄」という文字である。もともと、冬ほど浄らかな季節はないのである。
その年の収穫を、感謝していただきながら春の訪れを静かに待つ。そんな浄らかな「寝食い」の時間があった昔がとても懐かしい。
田圃マークをじっと見つめていると、そこに湖などから飛来する白鳥や雁の姿が見えてくる気がする。落ち穂を拾う人は今や誰もいないが、鳥たちは昼のあいだ喜んでやってきては落ち穂を啄んでいく。これもじつに豊かな風景である。
四季の変化がはっきりあるために、鳥たちの移動も風物詩になる。人の行動にもゆったりしたメリハリがあったのではないだろうか。
最近九十六歳で亡くなった遠藤満義さんを紹介しよう。
若いとき肺結核になり、体の弱かった満義さんは、我々と違うゆったりした時間を生きていた気がする。「晴耕雨読」の言葉どおり、晴れた昼は田畑を耕し、植木の世話をし、雨の日や夜には将棋を指したり山水や美人の絵を描いた。また書の腕もたいしたもので、絵にも書にも自分で考えた「音水」という雅号を使っていた。
家族の誰もこの「音水」のいわれを聞いたことがないというのだが、やはり私には風音や水の気配を最も気にしていた満義さんらしい雅号に思える。きっと田圃マークの冬でも、農業には欠かせないさまざまな音を聴き、水の気配を敏感に感じていたのではないだろうか。生活を楽しみ、農業を生ききった人の遺影は冬でも温かく、ほれぼれするほどの笑顔だった。 |
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