メッセージ

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piyo_f_003_02.gif piyo_f_003_02.gif  何かを知りたいと思った時に情報を得る方法としてインターネットは効率よく、ありがたいものである。
 このホームページを立ち上げたきっかけもデータの整理をきちんとしておきたいということであった。作家の古山高麗雄氏が『妻の部屋』(文藝春秋)の中で、晩年に以前どこかで書いたエッセイなのだが、それをどこで書いたかどうしても思い出せない。整理をきちんとしていないから仕方がないというようなことを書かれていた。その話が何故か心に残り、データの収集をしなければ、と思ったのである。
 ホームページという仮想空間の中で心の繋がりはあるのだろうか、送り手の気持ちは理解していただけるのかなどと様々なことを想いつつ現在に至っている訳だが、確たるものをいまだ掴むことはできない。まだ暫くは迷走の旅が続くのではないかと思っている。
 当初からの願いではあるが、心のキャッチボールができる空間であり続けたいと思う。そして、本のページを開いた時に感じる独特の空間をこのホームページでも感じていただけたなら、この上ない喜びである。

2006.10.01.
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piyo_f_003_02.gif piyo_f_003_02.gif  野分きの風が、秋桜の花を揺らしている。まるで、自然の中でお互いの話を楽しんでいるかのようだ。そんな景色をのんびり眺めていることの幸せを感じながら、私も大地にしっかりと根をはる野草のように生きていけたら、などと考える。
 これからは、鮮やかな色どりの秋本番を迎える。不思議と人を優しくしてくれる、この時期がいちばん好きである。そしてその佳さを今年ものんびり味わえたらと思っている。
 

2006.09.22.
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piyo_f_003_02.gif piyo_f_003_02.gif  
 
「ついに」というか「とうとう」というか、『般若心経』の現代語訳などという大それた本を書いてしまった。
 子供の頃から唱えていたお経なので、これほど親しみ、またこれほど数多く唱えたお経もない。意味については無数の解説書が出ている。私もこれまで何十年か、折に触れて考えてきた。しかしどの本を読んでも、なぜか自分にはピタッとこなかった。それはどの本も、肝腎な点で頷けなかったからである。
 それは端的に云えば、中国の翻訳者たちが敢えて訳さなかった部分を簡単に訳し、単なる知識レベルの認識にしてしまっていいのか、ということだ。このお経のなかでわざわざ訳されなかった3カ所。そしてそこに経典作者が込めた意味とは何なのか、そのことに注意しながら訳してみたつもりである。是非ご一読をお勧めしたい。これを読めば、たぶん読んだだけでは済まなくなるはずである。
2006.09.01.
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